「ロゴ」や「商品名」だけでなく、商品を見ただけで「あの会社のものだ」と分かることがあります。特徴的な容器、独特の家電の外観などが典型です。こうした形状を、商標として守ろうとする制度が立体商標(立体的な形状を商標として登録する制度)です。
ところが、立体商標は“夢の制度”というより、実務では「通すのが難しい制度」として知られます。その象徴が、ラベルプリンター「テプラ」用テープカートリッジ形状の登録が争われた、いわゆるテプラ事件(知財高判令和6年1月30日・令和5年(行ケ)第10076号・裁判所ウェブサイト)です。本件で裁判所は、形状は商標として登録できない(拒絶維持)と判断しました。
本稿は、単に「有名でもダメだった」で終わらせず、
(1)なぜテプラは通らなかったのか(判決の型)
(2)何が揃えば通り得るのか(成功事例の共通項)
(3)実務家として、出願・審判・訴訟でどう組み立てるべきか(証拠準備)
を整理します。
事案の概要(何の「形」が争われたか)
本件の対象は、ラベルライター「テプラ」PRO用のテープカートリッジ(交換用の消耗品)の外観(立体形状)です。裁判所は判決中で、争点となる形状を写真で示しています(上:正面、下:斜め)。ここを最初に見ておくと、後の議論が分かりやすいです。
1 立体商標の大原則:「形」は“説明(機能・美感)”として見られやすい
商標の役割は、出所(どの会社の商品か)を識別する目印になることです(法律用語では自他商品識別力)。しかし商品形状は、多くの場合、
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使いやすさ(機能)
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見た目の良さ(美感)
で選ばれます。裁判所も、需要者(買う側)は形状をまず機能・美感の結果として理解しがちで、出所表示として受け取りにくい、という前提から出発します。
ここが立体商標の難しさの核です。企業が「この形は象徴だ」と思っていても、審査・裁判の場では、まず「それは機能・美感のための形では?」と見られる。その“推定”を覆すだけの材料が必要になります。
2 テプラ事件:3条1項3号(説明にすぎる形状)で止められた理由
テプラ事件の中心条文は、商標法3条1項3号です。簡単に言えば、「商品の性質・用途などを普通の方法で示すだけ」の表示は、原則登録できない(独占させると不公平)というルールです。
判決が示した“判断の型”は、立体商標を考える上で極めて実務的です。要旨として、
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客観的に見て、形状が機能発揮や美感向上の目的で採用されたといえる場合、特段の事情がない限り3条1項3号に当たり得る
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多少の特徴があっても、同種商品で需要者が「機能・美感のために起こり得る」と予測できる範囲なら3条1項3号
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斬新でも、もっぱら機能目的なら、4条1項18号(機能確保に不可欠な形状)趣旨も踏まえ3条1項3号に当たり得る
という整理です。
そして本件形状(図1)について、裁判所は、半透明カバー(内部確認の機能)、テープをロールで収容する構造、送り出し・巻取りの輪状部品、本体装着に適合する外形といった要素を積み上げ、同種商品で一般に想定される範囲の形にとどまる、と評価しました。」
3【視点①:実務への応用】テプラ事件は「負け筋」を明示した――不利な市場構造とは何か
本件は「テプラほど有名でもダメ」というセンセーショナルさに目が行きがちですが、実務家として重要なのは別の点です。判決は、立体商標が通りにくい“市場構造”を、かなりはっきり浮かび上がらせています。
ポイントは、「消耗品×適合制約×内部構造の合理性」です。交換用の消耗品は、需要者が最優先するのは「適合するか」「仕様が合うか」であり、形状は機能の結果として理解されやすい。加えて本体に装着する以上、外形には制約がかかり、内部のロール構造なども合理的に説明できてしまう。すると、形状は「出所を示す標識」ではなく「機能を実現する説明」に吸収され、3条1項3号で止まりやすくなります。
つまり本件は、「立体商標の立証を頑張れば何とかなる」というより前に、出願対象を選ぶ段階で勝負が決まる面があることを示した事件です。交換部品・消耗品・工業製品の一部形状は、構造的に立体商標としての成立のハードルが高い領域にあります。
4 3条2項(使用による識別力)も通らなかった――「形で買っていない」問題
仮に3条1項3号に当たるとしても、長年の使用により「形=あの会社」と認識されれば救済され得ます。これが商標法3条2項(使用による識別力の獲得)です。
しかしテプラ事件では、ここでも否定されました。決め手は、「需要者が形状ではなく、文字情報で識別して購入している」と評価された点です。判決は、箱入り販売で形状が見えにくいこと、箱や本体に「TEPRA」「KING JIM」等の文字表示があること、カタログ等も形状のみを目印として強調していないこと等を踏まえ、形状単独で出所を示すまでには至っていない、と結論づけています。
アンケートについても、判決は具体的数値を示しつつ、形状単独の識別としては弱い、と評価しています(ノイズ除去後の数値が3割台等)。つまり裁判所は、「有名な商品であること」と「形を見ただけで分かること」は別物であり、本件アンケートの数値を見る限り、需要者の多くが形ではなく、文字情報や商品名を手がかりにして商品を認識していると判断した、ということです。
5【視点①の補強】「形はこうだが、購買は文字が支配」の流れ
この「文字で買っている」との評価は、一番ひっかかる部分です。要するに購入者の頭の中では「この形だからテプラ」ではなく、「テプラ(文字)だから買う」「適合する型番(文字)だから買う」になっている、と判断されたわけです。消耗品は特に「適合情報」が重要なので、文字情報の影響力が強くなりがちです。
6【視点②:成功事例比較】“形だけ”が通る場合の共通項――国内の代表例から逆算する
テプラ事件の“負け筋”を理解した上で、国内の成功事例を見てみると、立体商標で勝つ条件がはっきりします。代表例としては、スーパーカブ(商標登録第5674666号・2014年6月6日登録)、G-SHOCK初代モデル(商標登録第6711392号・2023年6月26日登録)、ポッキー(商標登録第6951539号・2025年7月25日登録)、キッコーマンしょうゆ卓上びん(商標登録第6031041号・2018年3月16日登録)などが挙げられます。
ここで大事なのは、「知名度があるから通る」ではありません。むしろ、成功例に共通するのは次の二つです。
A 購買・使用の場面で「形が露出」し、繰り返し目に入る
卓上びんや腕時計、二輪車、スティック菓子の形状は、日常の中で形が直接目に触れ、形が記憶に残りやすい。ここが交換用消耗品(箱入りで形が見えにくい)と大きく異なります。
テプラ事件で裁判所が「文字で識別」と評価したのも、まさにこの露出構造の差を踏まえたものです。
B 需要者が“何を手掛かりに買う市場”か――形が手掛かりになる市場は強い
交換部品・消耗品の市場は、型番適合や仕様情報が購買判断を支配しやすい。すると形状は、出所標識として育ちにくい。
他方で、形がアイコンとして語られやすい商品は、形がそのままブランド記号になりやすい。成功例は、この「形で覚えられる市場」を前提に設計・運用されていると整理できます。
ここから導ける独自の結論は、立体商標の成否は、法律論以前に、「市場が形で買う構造になっているか」で大きく左右される、という点です。形で買わない市場(適合・スペック・型番で買う市場)では、周知・売上・年数があっても、3条2項の立証は跳ね返されやすい。テプラ事件は、その典型例として読むべきです。
7【視点①:実務への応用】出願前に決める「勝ち筋」――証拠収集ではなく“証拠が生まれる販売態様”を作る
立体商標の相談実務でありがちなのは、「売上資料はある」「広告は打った」「アンケートをやろう」という順序です。しかしテプラ事件を踏まえると、順序は逆です。まず、形が識別力を持ち得る環境(販売態様)を作る。その結果として、後から証拠が“自然に”生まれます。
実務的なチェックポイントは次のとおりです。
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形状要素を分解して、機能説明に吸収されない“余剰特徴”があるか
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購買局面で形状が露出する導線があるか(箱・内蔵・部品は不利)
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文字情報が支配する市場で、形状を別軸で刷り込む設計ができているか
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アンケートの前に、形状を前面に出した露出・反復の履歴が作れているか
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意匠→立体商標の権利リレー(まず意匠で守り、周知化後に商標)を組めるか
テプラ事件は、特に2)と3)の重要性を強く示しています。箱販売で形状が見えにくく、しかも箱・本体に文字表示が強い環境では、「形だけで識別」は言いにくい。判決がそこを指摘している以上、出願戦略は“証拠集め”ではなく“市場設計”から入る必要があります。
8 まとめ:テプラ事件は“敗北”ではなく「立体商標の教科書」
知財高判令和6年1月30日のテプラ事件は、「有名な商品でも、形だけで出所が認識されていなければ立体商標は通りにくい」ことを明確にしました。しかも本件は、単なる一般論ではなく、交換用消耗品という市場において、形状が機能説明に回収され、購買は文字情報に支配される、という“構造”を示した点に価値があります。
一方で、国内の成功例が示すのは、形が購買・使用の場面で露出し、形がアイコン(形状それ自体が、文字情報に依らずに出所を想起させる視覚的標識として機能している状態)として記憶される市場では、「形だけ」の立体商標が現実に成立し得る、ということです。結局、立体商標で勝つための本質は、法律の小手先ではなく、形で覚えさせ、形で識別できる状態を作り、数字と資料で裏付けるという“事業×証拠”の統合設計にあります。