「チームラボは有名なのに、なぜ請求が通らなかったのか」
本件判決は、名称(表示)をめぐる紛争で、直感と法的判断がズレる典型例です。
不正競争防止法(不競法)では、他人の「著名な表示」(広く知られた名称・ブランド等)を守る仕組みがあります。ところが、“今は著名”であることだけでは足りない場面があります。勝敗を分けるのは、(1)いつ著名になったのか、そして(2)相手がそれより前から不正目的なく使っていたのか(先使用)という時系列です。
この記事では、東京地方裁判所令和6年7月17日判決(令和3年(ワ)29242号)・裁判所ウェブサイトを素材に、専門用語をかみ砕きながら、チームラボ事件のポイントと実務的な教訓を整理します。
1 結論を先に:なぜ「差止め」が通らなかったのか
結論から言うと、裁判所は次の関係を決定打として、原告の請求を棄却しました。
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被告の表示使用開始:令和2年4月以前
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原告(チームラボ)表示の著名獲得時期:早くとも令和3年7月頃
つまり、被告はチームラボ表示が著名になる前から表示を使用していた、という時系列です。さらに裁判所は「不正の目的」(便乗・ただ乗りの意図)も否定し、先使用(不競法19条1項5号)の適用除外を認めました。結果として、差止めや損害賠償が認められない、という結論に至っています。
2 不正競争防止法2条1項2号とは(著名表示の保護)
本件で原告が主に根拠としたのが、不競法2条1項2号です。これは、簡単に言えば、他人の「著名な表示」と同一または類似の表示を使用する行為を「不正競争」として、差止め等を求められるようにする規定です(一般に「著名表示冒用」と呼ばれます)。
この規定の特徴は、いわゆる「混同」(同じ会社だと誤解すること)が強く生じる分野に限らず、著名性があれば保護が広く及び得る点です。その分、裁判所は「著名性」の認定を慎重に行う傾向があります。
3 事件の概要:何が請求され、どう判断されたか
本件では、原告(チームラボ株式会社)が、被告(株式会社チーム・ラボ)に対し、著名表示冒用等に当たるとして、商号使用差止め、抹消登記、表示削除、損害賠償などを求めました。
あわせて、会社法8条2項(不正の目的による商号使用の差止め等)に基づく請求も行っています。
しかし裁判所は、原告の請求をいずれも棄却しました。
判決は、細かな論点に入る前に、実質的に次の2点で決まる、と整理しているのが特徴です。
4 勝敗を分けた争点は2つだけ
争点① 原告表示は「著名」か(そして“いつ著名になったか”)
著名性(広く知られていること)が争点ですが、実務で重要になるのは「今」ではなく「いつ」です。相手が使用を開始した当時に著名でなければ、その後どれほど有名になっても、結論が不利に傾くことがあります。
判決は、「著名」といえるためには、国内の広い地理的範囲で、需要者・取引者が当該表示を出所表示(どこの会社のものかを示す目印)として広く認識している必要がある、という趣旨を示しています。
争点② 被告が先に不正目的なく使用していたか(先使用)
不競法には、いわば調整規定として、不競法19条1項5号(先使用に関する適用除外)があります。
ざっくり言えば、他人の表示が著名になる前から、別人が不正の目的なく同一・類似表示を使用していた場合、その別人の行為には差止め・損害賠償等が適用されない、という考え方です。
5 裁判所は「著名性」をどう判断したのか:全国性と“定着”
裁判所は、著名性を判断する要素として、次の事情を総合考慮すると整理しています。
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国内における営業の総量(規模)
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使用期間の長さ
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需要者等が表示に接した際に、出所表示としての認識の定着に寄与する程度
この「定着」という視点は重要です。
テレビやネットで名前を見ても、視聴者が必ず「会社の出所表示」として認識し、記憶に固定するとは限りません。判決は、露出量だけでなく、“この表示=この会社”という結びつきが広く形成されているかを意識して証拠を評価しています。
6 核心:著名獲得時期を「早くとも令和3年7月頃」とした理由
本件で裁判所は、原告表示は「現時点では著名」としつつも、著名になった時期は早くとも令和3年7月頃と認定しました。
判決が示す考慮事情(要旨)は次のとおりです。
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展示施設の来場者への浸透は一定程度見込めても、全国的に広い範囲へ浸透するには時間がかかり得る
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事業の性質上、開催地が大都市圏に偏ると全国浸透が進みにくい面がある
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テレビ露出等があっても、それが直ちに「出所表示としての定着」に結びつくとは限らない
このように、裁判所は「著名性があるか」だけでなく、「著名性がいつ成立したか」を、事業の広がり方や情報接触の性質から慎重に判断しています。
7 SNS(著名人投稿等)の評価:裁判所が慎重な理由
原告は、著名人によるSNS投稿なども著名性の根拠として主張しました。しかし裁判所は、著名性・獲得時期判断におけるSNSの位置づけに慎重です。理由として、例えば次が挙げられています。
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フォロワー全員が表示を認識するとは限らない
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流し読み等で、出所表示として定着しない場合も多い
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フォロワーが国内在住者に限られない
SNSが証拠にならない、という意味ではありません。ただ、SNSだけで「国内の広い範囲で出所表示として定着していた」と押し切るのは難しい場合がある、という示唆です。
8 先使用が決定打:被告は著名化前から使用していた(不正目的も否定)
本件で決定的なのは、時系列です。
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被告の使用開始:令和2年4月以前
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原告表示の著名化:早くとも令和3年7月頃
この関係から、先使用(適用除外)が問題となります。
さらに裁判所は、「不正の目的」も否定しました。その理由(要旨)は次のとおりです。
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当時、原告表示は著名とまではいえない
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原告事業(デジタルアート展示等)と被告事業(予防医学支援・派遣等)が異なる
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用語自体が一般的で、業態との関係で採択が不自然とはいえない
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被告が原告を認識していなかった旨の供述(証言)を信用できる
その結果、不競法19条1項5号により、被告の行為には不競法3条・4条(差止め・損害賠償等)が適用されないとされ、請求は棄却されました。
会社法8条2項の請求についても同様に、不正の目的が認められないとして退けられています。
9 実務の教訓:名称トラブルで最初にやるべき整理
チームラボ事件は、「有名な表示でも負けることがある」ことを示しました。実務的には、次の整理が重要です。
(1)権利者側:鍵は「過去時点の証拠」
争いになるのは、「相手が使い始めた当時」に著名だったかです。したがって、最近の露出や現在の人気だけでなく、過去時点にさかのぼって次のことを示す必要が出ます。
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国内の広い範囲で認識されていた
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出所表示として定着していた
そのための材料としては、例えば次が有効になり得ます。
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広告・広報の実施記録(いつ、どの媒体で、どの範囲に届いたか)
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メディア露出の到達範囲(番組、掲載媒体、期間、視聴者層等)
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第三者調査(アンケート等)による認知度データ
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取引実績の広がり(地域性が分かる形)
SNSは補強にはなりますが、中核立証は「全国性」と「定着」を意識して厚くする必要がある、というのが本判決から読み取れる実務感覚です。
(2)使用者側:先使用で守るなら「いつから」と「なぜ」を固める
先使用を主張する側は、
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いつから使っていたか(登記・契約・請求書・サイト運用履歴など)
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なぜその名称を採択したか(命名理由・業態との関係・社内資料)
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不正目的がないこと(相手を知らなかった合理性、業種の違い等)
をセットで揃えることが重要です。
10 まとめ:名称トラブルは「知名度」より「時系列×証拠」で決まる
チームラボ事件は、著名表示の保護(不競法2条1項2号)がある一方で、**先使用(不競法19条1項5号)**という調整規定が、結論を大きく左右することを示しました。
「有名だから止められる」と考える前に、まず確認すべきは次の2点です。
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相手はいつから使っているか
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その時点で、こちらの表示は“著名”として定着していたと言えるか
この2点を時系列で整理し、証拠を設計することが、無駄打ちを減らし、勝ち筋を見極める近道になります。