商標権侵害・トラブル対応
2026/08/29

審決取消訴訟で負けた類否を侵害訴訟で争い直せるか――訴訟上の信義則による蒸し返し禁止を判断したどくろ図形事件・知財高裁判決

はじめに

商標の類否は、無効審判とその審決取消訴訟でも、侵害訴訟でも争点になります。では、審決取消訴訟で「類似する」との判断が確定した後、同じ当事者間の侵害訴訟で「やはり非類似だ」と争い直すことはできるのでしょうか。判決理由中の判断(類否)には既判力が及ばない――というのが民事訴訟の原則ですが、それを貫くと、同じ争いが延々と繰り返されることになります。
どくろ(頭蓋骨と交差した骨)の図形商標を巡るファッションブランド間の紛争で、知財高判平成26年12月17日(平成26年(ネ)第10005号・商標権侵害行為差止等請求控訴事件)・判決文PDF・裁判所ウェブサイトは、確定した別件審決取消訴訟の蒸し返しに当たるとして、訴訟上の信義則により非類似の主張自体を許さないと判断しました。
紛争の一回的解決と当事者の手続保障の間で、裁判所がどう線を引いたのか。知財訴訟における信義則のリーディングケースとして解説します。

前提知識の整理

  • 既判力と判決理由中の判断:確定判決の既判力は主文の判断(訴訟物)にのみ生じ、理由中の判断(本件でいえば商標の類否)には及びません。したがって、別訴で同じ争点を争うことは、既判力では封じられません。
  • 訴訟上の信義則(民訴法2条):最高裁は、実質的に紛争の蒸し返しとなる訴えや主張を、信義則により許さないとする法理を確立しています(最判昭和51年9月30日・最判昭和52年3月24日・最判平成10年6月12日)。
  • 審決取消訴訟と侵害訴訟:無効審判の審決取消訴訟(行政訴訟)と商標権侵害訴訟(民事訴訟)は訴訟物も目的も異なりますが、商標の類否という争点は共通し得ます。

事案の概要

被控訴人Yはファッションデザイナーで、正面を向いた頭蓋骨と交差した2本の骨を黒塗りで表した図形商標(被控訴人商標1)等の商標権者。その経営する会社(マスターマインド・ジャパン)が独占的通常使用権者です。控訴人(旧商号ロエン)は、「Roen」ブランドで同種のどくろ図形の標章を使用していました。
前哨戦がありました。被控訴人Yが控訴人の登録商標(控訴人標章1)に対して無効審判を請求し、特許庁は被控訴人商標1と類似するとして無効審決。控訴人の審決取消訴訟も知財高裁で棄却され(平成25年6月27日)、最高裁の上告棄却・上告不受理(平成25年11月8日)により確定しました。
被控訴人商標1(判決別紙より)
※画像は判決文PDF(裁判所ウェブサイト)別紙より引用
控訴人標章1(判決別紙より)
※画像は判決文PDF(裁判所ウェブサイト)別紙より引用
本件はその侵害訴訟です。被控訴人らは、控訴人標章1〜6の使用が商標権侵害・不正競争(周知表示混同惹起)に当たるとして、差止め等と1億6500万円の損害賠償を請求。原審は、控訴人が一度も出頭しなかったため自白擬制による欠席判決で全部認容。控訴審で控訴人は、基本的構図(海賊旗のジョリー・ロジャー等に由来するどくろ図形)は出所識別力を持たないという、別件では出していなかった新しい観点から非類似を主張しました。
事件の経緯(別件確定と本訴)

争点と裁判所の判断

蒸し返しの4つの徴表

裁判所は、信義則適用の前提として、本訴と別件審決取消訴訟の関係を丁寧に整理します。①両訴訟は「明らかに訴訟物が異なる」が、②「控訴人標章1と被控訴人商標1との類否という争点を共通にしている」。③当事者についても、被控訴人会社はYが代表取締役を務める会社で利害が一致しており、「本件訴訟も,実質においては,被控訴人Yと控訴人との間の訴訟と同視できる」。そして④「類否判断の前提となる主要な事実関係について相違があるとは,認められない」。
そのうえで、キー判示です。

「控訴人標章1と被控訴人商標1とが非類似であるという控訴人の本件における主張は,実質において,控訴人標章1と被控訴人商標1との類否判断につき,既に判決確定に至った控訴人標章1についての別件審決取消訴訟を蒸し返すものといえ,訴訟上の信義則に反し,許されないものというべきである」

最高裁の信義則判例(昭和51年・昭和52年・平成10年)を引用したうえでの判断です。審決取消訴訟と侵害訴訟は制度目的が違う、別件では取引の実情がほとんど主張立証されていなかった、という控訴人の反論に対しては、「異なる観点から……非類似を主張しているにすぎず」、主要な事実関係に相違はないとして退けました。新しい法律構成や観点を持ち出しても、事実関係が同じなら蒸し返し――という整理です。

他の標章は実体判断で類似、賠償は3000万円に減額

信義則による排斥は、確定判断を経た控訴人標章1と被控訴人商標1の類否に限られます。その他の標章(2〜6)と被控訴人商標との類否は、実体判断で審理され、どくろ図形部分が要部として看者の注意を強く引くこと、眼窩・側頭部・鼻孔部の形状等の共通点が相違点を凌駕することから、類似が認定されました。
どくろの基本的構図はジョリー・ロジャーやハザードシンボル由来の慣用的図形で識別力がない、という控訴人の主張も、どくろ図形は「人の死などの凶事を連想させる」ため需要者層が比較的限られるなどとして排斥。周知表示混同惹起(不競法2条1項1号)も認められました。
損害額は、原審の全部認容(1億6500万円)から大きく変わり、控訴人の推計利益約9000万円に標章の寄与度3割を乗じた2700万円に弁護士費用等300万円を加えた3000万円が認容されました。欠席判決からの控訴には、賠償額の面では意味があったことになります。
信義則による主張排斥の判断構造

実務への影響・ポイント

第1に、審決取消訴訟は「一回きりの本番」と心得るべきことです。理由中の判断に既判力がないからといって、侵害訴訟でやり直せるとは限りません。類否を争うなら、審決取消訴訟の段階で、取引の実情を含むすべての主張立証を尽くす必要があります。本件の控訴人のように「別件では出さなかった観点」を温存しても、事実関係が同じなら信義則の壁に阻まれます。
第2に、信義則適用の要件の限定性です。本判決は、①実質的な当事者の同一性、②争点の共通性、③主要な事実関係の同一性を丁寧に認定したうえでの判断であり、「一度負けた争点は常に争えない」という一般則を立てたものではありません。当事者が異なる場合や、新たな事実(使用態様の変化等)が生じた場合には、なお争う余地があります。文献上も、審決取消訴訟の類否(一般的・恒常的な取引の実情に限定)と侵害訴訟の類否(具体的な使用態様を考慮)の判断構造の違いから、本判決の射程を慎重に見る見解があります。
第3に、権利者側の戦略としての「二段構え」です。被控訴人側は、無効審判で相手の登録を潰して類否の判断を確定させ、その確定を土台に侵害訴訟を展開しました。先行手続の確定判断が後行訴訟の武器になるという、紛争設計の好例です。
第4に、欠席戦術の危うさと限界です。原審に一切出頭しなかった控訴人は自白擬制で全部認容の欠席判決を受けました。控訴審で賠償額は3000万円まで減額されたものの、差止めは維持され、信義則の場面でも不出頭の経緯が有利に働くことはありませんでした。応訴の放置は、どの局面でも得になりません。

まとめ

  • 確定した審決取消訴訟と実質的に同一の当事者・同一の争点・同一の事実関係の下で、侵害訴訟において商標の非類似を主張することは、蒸し返しとして訴訟上の信義則に反し許されないとされた
  • 新しい法的観点(基本的構図の識別力欠如)を持ち出しても、主要な事実関係が同じであれば蒸し返しの評価は変わらない
  • 信義則による排斥は確定判断を経た標章の類否に限られ、その他の標章は実体判断により類似が認定された
  • 審決取消訴訟の段階で主張立証を尽くすことが、その後の侵害訴訟を見据えた実務の鉄則

出典・参考判例

参考文献

  • 小林十四雄編集代表/末吉亙・西村雅子・大塚一貴・三山峻司編著『商標の法律実務――重要判例分析』(中央経済社・2023年)400〜407頁
  • 西村一路「商標権侵害訴訟における権利濫用の判断」パテント72巻3号(2019年)102〜103頁
  • 小野昌延原著・三山峻司改訂『新・商標法概説〔第4版〕』(青林書院・2025年)593頁

※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、弁護士にご相談ください。

弁護士・弁理士 大熊裕司

この記事の執筆・監修

虎ノ門法律特許事務所 代表
弁護士・弁理士 大熊 裕司

第一東京弁護士会所属(登録番号:37803)・日本弁理士会所属。商標・不正競争防止法をはじめとする知的財産紛争に注力し、警告書対応から審判・訴訟まで一貫して取り扱う。

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