商標法
2026/01/17

結合商標はどこまで「切り取って」比べる?――最高裁『つつみのおひなっこや』事件に学ぶ分離観察の限界(最判平成20年9月8日)

1 はじめに:名前の“かぶり”が、なぜ揉めるのか

新しくお店を始めたり、商品やサービスの名称を決めたりするとき、「既に似た名前があるかも」と不安になる方は多いと思います。実際、ネーミングは集客やブランド作りに直結する一方で、他人の商標と衝突すると、差止め(その名前の使用停止)や損害賠償、最悪の場合は名称変更に追い込まれることもあります。

ここで誤解が生まれやすいのが、「名前の一部が同じならアウトなのか?」という点です。結論から言うと、一部が同じでも、直ちに“似ている”とは限りません。ただし、逆に「長い名前にして説明語を付け足せば安全」とも限りません。
この“線引き”を考えるうえで、とても重要な判断基準を示したのが、最高裁平成20年9月8日判決(いわゆる「つつみのおひなっこや」事件)・裁判所HPです。

本記事では、専門用語はできるだけかみ砕きながら、

  • なぜ最高裁は「似ていない」としたのか

  • どんなときに「一部だけ取り出して比較」されてしまうのか

  • 実務でどう予防線を張るべきか
    をまとめます。

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2 事件の概要:何が争われたのか

(1)対立した商標

争われたのは、土人形(堤人形)を指定商品とする商標同士の衝突です。

  • 後から登録された側:「つつみのおひなっこや」(標準文字で横書き。指定商品は土人形等)

  • 先に登録されていた側:「つゝみ」、および 「堤」(いずれも土人形を指定商品)

先行側は「『つつみのおひなっこや』は、自分の『つゝみ』『堤』と似ている。だから後行商標は無効だ」と主張しました(商標法4条1項11号=先行登録商標と同一・類似で、指定商品も同一・類似の場合は登録不可、という場面です)。

(2)手続の流れ(特許庁→知財高裁→最高裁)

この事件は、結論だけ見ると「似ていない」で終わりなのですが、実は途中で判断が割れています。そこが学びどころです。

  1. 先行側(X)が、後行商標を無効にしてほしいとして特許庁に審判請求。

  2. 特許庁は「似ていない」として請求不成立(無効にしない)。

  3. 先行側が審決取消訴訟へ。原審(知財高判平成19年4月10日)は、後行商標から「つつみ」部分を取り出して比較する方向で、4条1項11号該当を認め、審決を取り消し。

  4. 最高裁(平成20年9月8日)は、原判決を破棄し、知財高裁に差し戻し。理由は「その切り取り方(分離観察)は正当化できない。全体で比べるべきだ」という点です。

つまり本件の核心は、長い商標の一部だけを抜き出して比較してよいのか、そして、抜き出すとしてもどんな条件が必要か、という問題です。

3 用語を最小限で整理

① 類否

商標が「似ているか、似ていないか」の判断です。似ているとされると、原則として後から使う側はリスクが高まります。

② 結合商標

複数の語がくっついた商標のことです。文章のように長いものも含まれます。

③ 分離観察(要部抽出)

結合商標について、「この部分が目立つ」「ここが中心だ」として、一部分だけを取り出して他人の商標と比べる考え方です。
ただ、やり過ぎると「少しでも同じ言葉が入っていたら全部アウト」になりかねません。そこで裁判所は、分離観察を認める場面を絞ろうとします。

4 最高裁が示した“基本ルール”:原則は「全体で比べる」

最高裁は、まず大原則を明確にしました。

  • 商標の類否は、見た目(外観)、呼び方(称呼)、意味合い(観念)などを総合して、全体として混同(同じ会社の商品だと誤解)するおそれがあるかで判断する。

  • 結合商標も、原則は全体で比較する。

  • 一部分だけを取り出す(分離観察)のは例外であり、正当化できる事情が必要。

ここで重要なのは、「分離観察はダメ」と言い切ったわけではなく、分離するなら理由が要る、という点です。

〔補足〕分離観察が許される“例外”はどんなとき?

実務上、分離観察が問題になるのは、だいたい次の2パターンです。

  • 取り出した部分が、取引者・需要者に対して出所の識別標識として強く支配的な印象を与える場合

  • それ以外の部分からは、具体的取引の実情に照らして出所の識別標識としての称呼・観念が生じないといえる場合

この「例外の根拠を明示せよ」という要求が強まることで、安易な要部抽出を抑制する方向に働く、という評価もされています。

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5 本件で「つつみ」だけを取り出せなかった理由(3つ)

最高裁が「つつみ」だけの比較を否定した理由は、言い換えると「切り取り比較を正当化する材料が足りない」ということです。ポイントは次の3つです。

理由①:見た目として、そこだけ目立っていない

「つつみのおひなっこや」は、同じ大きさ・同じ書体で、等間隔に一行でまとまって表示されていました。
このような表示だと、最初の「つつみ」だけが突出して印象に残るとは言いにくい、という判断になります。

逆に言えば、もし「つつみ」だけ極端に大きい、太字、別色、ロゴ化されている、といった事情があれば、要部として扱われやすくなります。デザインは意外と重要です。

理由②:「つつみ」が先行側の出所表示として“支配的”とは言いにくい

先行側の商標は「つゝみ」「堤」で、土人形の分野では一定の知名度や使用実績があったとされます。
しかし最高裁は、それでもなお「つつみ」という平仮名部分が、取引者・需要者に対して「先行側の商品だ」と強く支配的に印象づける、とまでは言えないと考えました。

ここは、ネーミング実務での“過信防止”になります。
「うちは昔からこの言葉を使っている」「界隈では知られている」という事情があっても、他人の結合商標の一部を当然に支配するとまでは言い切れない場合がある、ということです。

理由③:「おひなっこや」部分も、単なる説明語とは言えない

原審は「おひなっこや」は「ひな人形屋」的な意味で、説明に近いと見た面があります。
しかし最高裁は、「おひなっこや」は一般に全国で普通に使われる言い方とは言い難く、むしろ造語として受け取られ得るため、識別力がない(=無視してよい)とは言えない、と整理しました。

この点は非常に実務的です。
「後ろに“店”“本舗”“公式”“ショップ”を付けたから大丈夫」と考えがちですが、そうした語が“説明語”として扱われると、逆に「前半(共通部分)だけが要部」とされる危険があります。
本件では、後半が“効く”可能性があると評価されたことが、全体観察に結びつきました。

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6 全体で比べると、なぜ「似ていない」になるのか

最高裁が全体比較で重視したのは、ざっくり言うと次の感覚です。

  • 「つつみのおひなっこや」は、全体として一まとまりの呼び方・印象を与える

  • 「つゝみ」「堤」と比べると、外観も称呼も大きく違う

  • 共通部分(つつみ)が含まれていても、それだけで混同の危険が高いとは言い切れない

つまり、「共通部分がある」→「即類似」ではなく、“全体として紛らわしいか”に戻って判断した、ということです。

7 ここが実務の分かれ目:分離観察が“起きやすい”典型パターン

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では、どんなときに「一部だけ取り出して比べる」方向になりやすいのでしょうか。典型例を整理します(本件の反対側のケースです)。

  1. 共通部分が、表示上いちばん目立つ(先頭が大きい/ロゴ化/色が違う等)

  2. 残りの部分が、業種・品質・販売形態の説明にとどまり、識別力が弱い
     例:「○○ラーメン」「○○整骨院」「○○公式ショップ」など

  3. 取引の実情として、長い名称が常に省略され、共通部分だけで呼ばれている

  4. 先行商標が強く著名で、共通部分を見ただけで特定企業を想起する(ただし著名性の立証は簡単ではありません)

このような事情が重なると、「全体で違う」と言いにくくなり、要部抽出が起きやすくなります。

8 ネーミング時の予防策:トラブルを減らす5つのチェック

最後に、一般の方向けに「今日からできる点検」をまとめます。難しい法律論というより、実務の事故を減らすためのチェックです。

チェック① 候補名の“省略形”を想像する

お客さんは、長い名称を短く呼びがちです。
「結局どこで略されるか」「略したとき、先行商標とぶつからないか」を想像します。

チェック② 後半が“説明語だけ”になっていないか

「店」「本舗」「ショップ」「公式」などは、単なる説明として扱われやすい傾向があります。
付け足すなら、造語性(独自性)のある語を組み合わせる発想が有効です(本件の「おひなっこや」が評価されたのは、まさにこの方向です)。

チェック③ 表示デザインで“要部化”させない

先頭だけ大きく・太く・別色にすると、意図せず「そこが中心」と見られます。
「全体で一体の商標」として見せたいなら、文字の扱いをフラットにする工夫が役立ちます。

チェック④ 商標調査は“完全一致”だけで止めない

同じ読み、似た表記(ひらがな・漢字・旧字体)、似た綴りも含めて幅を持って調べます。
実務では、J-PlatPat等の公開データベースでの簡易調査→専門家による精査、という流れが一般的です。

チェック⑤ もし警告が来たら、いきなり全面否定しない

相手方から警告書が届いた場合、

  • こちらの使用態様(どこを強調しているか)

  • 実際の混同事例の有無

  • 商標登録の範囲(指定商品・役務)
    を冷静に整理することが重要です。早期に方針を誤ると、後でコストが跳ね上がります。

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9 まとめ:この判決が教える「一部分一致」への向き合い方

最高裁平成20年9月8日「つつみのおひなっこや」事件は、結合商標の判断で、安易な切り取り比較に歯止めをかけました。
ポイントは、次の一言に集約できます。

「一部が同じ」だけでは足りない。問題は、その一部が“出所の目印として支配的か”である。

そのうえで、残りの部分にも独自性があり、全体として一体の印象を与えるなら、全体比較で「似ていない」と判断される余地があります。
他方で、残りが説明語にすぎなかったり、共通部分が強調されていたり、略称で共通部分だけが流通していたりすると、分離観察が起きやすくなります。

ネーミングは創造性の世界ですが、同時に「将来の紛争コスト」を抱え込みやすい領域でもあります。
名前を決める段階で、略され方・説明語の弱さ・表示デザイン・調査範囲を一度だけ点検するだけで、トラブルの確率はかなり下がります。

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