商標法
2026/08/29

老舗の家紋を元取締役が商標登録したら――「不正の目的」(商標法4条1項19号)を認めた亀屋陸奥事件・知財高裁判決

はじめに

京都・西本願寺の御用達として500年以上の歴史を持つ和菓子の老舗「亀屋陸奥」。その銘菓「松風」の包装には、鶴が羽を円形に広げた特徴的な図形が使われてきました。この図形と実質的に同一の商標を、同家の血筋を引く元取締役が自ら商標登録し、老舗に対して使用中止を求める警告書を送った――そんな事件が実際にありました。
知財高判平成27年4月27日(平成26年(行ケ)第10196号・審決取消請求事件)・判決文PDF・裁判所ウェブサイトは、この商標登録を商標法4条1項19号(周知商標の不正目的使用)に該当するとして無効とした審決を維持しました。老舗の「のれん」を巡る親族間紛争と商標制度の交錯を扱った、物語性と実務的示唆に富む判決です。

前提知識の整理

  • 商標法4条1項19号:他人の業務に係る商品・役務を表示するものとして日本国内または外国の需要者の間に広く認識されている商標と同一・類似の商標であって、不正の目的(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的)をもって使用をするものは、登録できない。
  • 19号と10号の違い:10号(周知商標との類似)は出所混同のおそれを問題にしますが、19号は不正の目的に着目し、商品・役務の類否を問わず適用されます。他人の商標の信用への便乗(フリーライド)や希釈化を狙った出願を排除する規定です。
  • 無効審判:登録から5年の除斥期間がありますが、19号違反については不正競争の目的で登録を受けた場合、除斥期間の適用がありません(47条1項括弧書)。

事案の概要

判決が認定した経緯は、老舗の歴史そのものです。被告・株式会社龜屋陸奥の前身であるA家は、1421年頃から本願寺に仕えて供物調達等を扱い、1715年からは「龜屋陸奥」の屋号を名乗ってきました。銘菓「松風」は、織田信長と石山本願寺の合戦の最中、A家三代目が門信徒の兵糧の代わりに創製したのが始まりと伝えられ、顕如上人の歌にちなんで「松風」の銘を受けたとされます。
被告は平成元年以降、くちばしに公孫樹(いちょう)の葉をくわえ左右の羽を円形状に広げた鶴の図形(引用商標)を、「松風」の包装紙・掛紙・シール・内装袋に一貫して使用してきました。年間平均販売数は8万3397個、取引先は47都道府県すべてに及び、司馬遼太郎の「燃えよ剣」には土方歳三が龜屋陸奥の「松風」を好んだとの一節もあります。
原告Xは、A家に生まれ、平成12年に被告へ入社し取締役にもなった人物です。しかし経営体制の変化から、平成21年に独自の工房を構えて「松風」の販売を開始し、競業を理由に取締役を解任されました。被告が原告のウェブサイト等の記載の差止めを求める仮処分を申し立てた約3週間後、原告は本件商標(引用商標と実質同一の鶴図形)を出願して登録を受け、平成25年2月、被告に対し「家紋の使用中止」と商標権侵害を主張する警告書を内容証明で送付しました。
本件商標(判決文本文より)
※画像は判決文PDF(裁判所ウェブサイト)本文より引用
被告の無効審判請求に対し、特許庁は4条1項19号該当を理由に登録無効の審決をし、原告がその取消しを求めたのが本件です。
事件の構図と経緯

争点と裁判所の判断

引用商標の周知性――老舗の信用の可視化

19号の第一の要件は、引用商標が「需要者の間に広く認識されている」ことです。裁判所は、25年以上にわたる包装紙への使用、年間8万個超の販売、全都道府県に広がる取引先、百貨店での販売、書籍・メディアでの紹介などを総合し、

「被告は,「松風」を販売する西本願寺御用達の和菓子の老舗として全国規模で認識されるとともに,「松風」の包装に付された引用商標も,取引者・需要者の間で本件出願時及び登録査定時において相当程度知られていたものと認められる。」

と認定しました。原告は「家紋のような図形は自他商品識別性を欠く」とも主張しましたが、裁判所は、鶴の図形は「ありふれた図柄ではなく,特徴的で印象的に残るもの」であり、「被告は,引用商標を自他商品識別標識として「松風」に用い,また,取引者・需要者においてもそのように認識されている」として排斥しています。

両商標の実質的同一性

本件商標と引用商標について、裁判所は、色付き背景への白抜きやエンボス加工の相違はあるものの「その形状は酷似しており,実質的に同一の商標であるといえる」としました。

「不正の目的」――正統な継承者を装う行為

核心の「不正の目的」について、裁判所は原告の行為態様を具体的に検討します。原告は自身の店「三木都」のウェブサイトやツイッターに本件商標を大きく掲載し、カタログには西本願寺御用達の由来や、被告の「松風」の写真、被告が納入した御供物の写真まで載せていました。裁判所は、

「原告が被告の「松風」と同じ名称の「松風」なる菓子に引用商標を使用する場合,商品の出所混同を招くことは明らかである。」

とし、実際に需要者が原告の店を「被告自身が出店した店舗,あるいは,被告から暖簾分けした店舗と誤認している様子が窺われる」ことも指摘。結論として、

「原告による本件商標の使用は,引用商標に表象される被告の老舗としての価値,業務上の信用を自身に帰属させようとするもので,商標法4条1項19号の「不当の目的」をもって使用するものに該当するというべきである。」

と判示しました(判決原文はこの箇所で「不当の目的」の表記を用いています)。原告が「自身を被告あるいはその前身の「龜屋陸奥」の正統な継承者であるかのように印象付ける行為をした」うえ、それによって「老舗」として事業を立ち上げ百貨店出店を可能にしたと推認できる、として、「被告の信用等を利用しているものと優に認定できる」とも述べています。
なお、原告は、鶴の図形はA家の家紋であり血筋を引く自分にこそ由緒がある、という趣旨の主張をしましたが、裁判所が判断したのはあくまで商標としての帰属――すなわち、この図形が誰の商品の目印として世に認識されているか――であり、家紋としての伝来をめぐる原告の主張が結論を左右することはありませんでした。
19号該当性の判断構造

実務への影響・ポイント

第1に、「のれん分け」型紛争における商標の帰属の考え方です。創業家の血筋、家紋としての由緒――当事者にとって切実な事情も、商標法の世界では決め手になりません。基準は、その標章が誰の業務の表示として需要者に認識されているかです。長年営業主体として標章を使用してきた法人が、標章に化体した信用の主体と扱われます。
第2に、19号の「不正の目的」の認定手法です。本判決は、出願のタイミング(被告からの仮処分申立て直後)、警告書の送付、そして原告自身のマーケティング(老舗の由来や被告商品の写真の掲載)という行為態様の積み重ねから不正の目的を認定しました。主観の直接立証ではなく、客観的行動からの推認が実務の姿です。
第3に、事業承継・親族間の分離独立への予防策です。老舗・家業で標章や屋号の帰属が曖昧なまま親族が分離独立すると、本件のような紛争は容易に再現します。承継や独立の場面では、商号・商標・意匠(包装)の帰属と使用条件を書面で確定しておくことが、双方にとっての保険になります。
第4に、周知性立証の実務です。本件では、包装資材の使用年数、販売個数、取引先の地理的分布、文学作品やメディアでの言及が、周知性の立証材料として機能しました。老舗企業は、こうした「信用の痕跡」を日頃から記録化しておくことが、いざという時の武器になります。

まとめ

  • 老舗「亀屋陸奥」が銘菓「松風」の包装に長年使用してきた鶴の図形は、取引者・需要者に相当程度知られた周知商標と認定された
  • 元取締役がこれと実質同一の商標を登録し警告書を送った行為は、老舗の価値・信用を自身に帰属させようとするものとして、4条1項19号の不正の目的による使用に該当し、登録無効が維持された
  • 商標の帰属は血筋や家紋の由緒ではなく、需要者が誰の業務の表示と認識しているかで決まる
  • のれん分け・親族の分離独立の場面では、商標・屋号の帰属を書面で明確にしておくことが紛争予防の要諦

出典・参考判例

参考文献

  • 小林十四雄編集代表/末吉亙・西村雅子・大塚一貴・三山峻司編著『商標の法律実務――重要判例分析』(中央経済社・2023年)237〜249頁〔香原修也〕
  • 小野昌延原著・三山峻司改訂『新・商標法概説〔第4版〕』(青林書院・2025年)179頁

※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、弁護士にご相談ください。

弁護士・弁理士 大熊裕司

この記事の執筆・監修

虎ノ門法律特許事務所 代表
弁護士・弁理士 大熊 裕司

第一東京弁護士会所属(登録番号:37803)・日本弁理士会所属。商標・不正競争防止法をはじめとする知的財産紛争に注力し、警告書対応から審判・訴訟まで一貫して取り扱う。

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