はじめに
桜吹雪の刺青で悪を裁く名奉行「遠山の金さん」。テレビ時代劇でおなじみのこの名前は、実は東映株式会社の登録商標です。これに対し、遠山の金さんは実在した江戸町奉行・遠山景元のことであり、歴史上の人物の名前を一企業が商標として独占するのは公序良俗に反する――そう主張して登録の無効を求めた事件がありました。
知財高裁平成26年3月26日判決(平成25年(行ケ)第10233号・審決取消請求事件)・判決文PDF・裁判所ウェブサイトは、この主張を退け、東映の商標登録を維持しました。決め手は、「遠山の金さん」は歴史上実在した「遠山景元」そのものではなく、モデルとした創作上の人物名・番組タイトルであるという認定です。
本記事では、歴史上の人物名と商標登録の関係、商標法4条1項7号(公序良俗違反)の判断枠組みを、この事件を素材に解説します。
前提知識の整理
- 商標法4条1項7号:「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」は登録できない。矯激・卑わいな商標だけでなく、登録・使用の経緯に社会的相当性を欠く場合にも適用され得る一般条項で、適用範囲を巡り「伝家の宝刀」として限定解釈すべきとの議論があります。
- 歴史上の人物名の商標登録:特許庁は、周知・著名な歴史上の人物名からなる商標について、故人の名声に便乗し公正な競業秩序を害するような出願を7号で拒絶する運用基準(商標審査便覧)を設けています。
- 無効審判:登録済み商標について、無効理由があるとして特許庁に無効を求める手続(商標法46条)。審決に不服がある当事者は知財高裁に審決取消訴訟を提起できます。
事案の概要
東映は、平成14年11月12日、標準文字「遠山の金さん」を第9類(パチンコ型スロットマシン、家庭用テレビゲームおもちゃ等を含む)・第28類(遊園地用機械器具、おもちゃ等)を指定商品として出願し、平成15年8月15日に設定登録を受けました(第4700298号)。
これに対し、パチンコ遊技機メーカーの株式会社サンセイアールアンドディと株式会社第一通信社が、本件商標は周知・著名な歴史上の人物である遠山景元(通称金四郎)を容易に認識させるものであり、東映による登録はその著名性への便乗であって商標法4条1項7号に該当するとして無効審判を請求。特許庁が「本件審判の請求は,成り立たない」との審決をしたため、その取消しを求めて提訴しました。
背景には当事者間の別の紛争があります。判決の認定によれば、原告らは「CRAの名奉行金さんXX」というパチンコ遊技機の製造販売を巡り、東映から著作権・商標権侵害を理由とする損害賠償等請求訴訟を提起されており、判決時点で係属中でした。また、原告サンセイアールアンドディが保有していた「名奉行金さん」商標は、東映の無効審判請求により本件商標との類似(4条1項11号)を理由に無効とされ、確定しています。

争点と裁判所の判断
「遠山の金さん」=「遠山景元」なのか
7号該当性の前提として、そもそも「遠山の金さん」が歴史上の人物名といえるかが問われました。裁判所は、江戸時代後期の史料・歌舞伎・映画・テレビドラマの変遷を詳細に認定したうえで、次のとおり判示しました。
「江戸時代後期に実在した遠山景元は,江戸町奉行等を歴任し,名奉行として賛辞されていたことまでは認められるものの,その具体的な呼称や仕事ぶりは不明な点が多く,現時点で「遠山の金さん」につき抱かれているストーリー……と,必ずしも一致しているとは認められない。」
現在流布している「桜吹雪の刺青の名奉行」のストーリーは、「実在した遠山景元の仕事の忠実な再現というよりは,虚構を交えた娯楽性のある創作物という側面は否定し難い」というのです。史実のレベルでも、裁判所は、遠山景元存命中に「遠山の金さん」と呼ばれていたと認めるに足りる証拠はなく、刺青の図柄も「女の生首」説と「桜吹雪」説があって定かではない、と認定しています。
そして結論として、
「「遠山の金さん」は,あくまでも「遠山景元」をモデルとした人物を主人公としたテレビ番組のタイトル名や主人公名と認められ,モデルが存在する点において必ずしも架空の人物ということはできないとしても,歴史上実在した人物そのものではなく,その限度で審決の認定判断に誤りはない。」
としました。さらに、東映が昭和45年から平成19年にかけて合計750話を超える全7シリーズを制作してきたこと等から、遅くとも登録査定時(平成15年6月)には、「遠山の金さん」は「特に被告の制作に係るテレビ番組のタイトル名や主人公名を想起させるもの」と認められる、とも述べています。
7号該当性の総合判断
そのうえで裁判所は、原告らが主張した判断要素――①出願の剽窃性、②商標の利用状況(公益的事業等への支障)、③出願の経緯・目的・理由、④遺族の名誉感情・国民感情、⑤禁止権の範囲――を順に検討します。
剽窃性については、「本件商標の登録出願を剽窃的に行ったものということはできない」と否定。公益への影響についても、
「そもそも,「遠山の金さん」がテレビ番組のタイトル名ないし主人公名にすぎないことからすると,本件指定商品における本件商標の使用によって,「遠山景元」という歴史上の人物の名前を独占できるかという公益性のある社会的問題が生じる余地はなく,本件商標によって失われる公益は想定し難い。」
としました。遺族感情・国民感情についても、「そもそも遠山景元の遺族感情や同人に関する国民感情を問題にする余地はない」とし、仮に問題にするとしても遺族の有無は明らかにされておらず、感情に関する証拠も何ら提出されていない、と指摘しています。
結論は次のとおりです。
「商標法4条1項7号を限定的に解釈するまでもなく,本件において原告の指摘する事項を総合的に考慮してみても,本件商標が登録査定時において公益に反するものであるとは認められない。」
注目すべきは「限定的に解釈するまでもなく」の一言です。7号を私的紛争に持ち込むことの当否(限定解釈論)は学説・裁判例上の論点ですが、裁判所はその論争に立ち入らず、原告主張の枠組みに乗って実質判断をしても公序良俗違反は認められない、という判断の仕方をしました。

実務への影響・ポイント
第1に、「歴史上の人物名」該当性が入口の勝負になることです。本判決は、実在の人物をモデルとする名称でも、史実との乖離が大きく、創作物のタイトル・主人公名として定着している場合には、「歴史上実在した人物そのもの」とは同一視しないという判断を示しました。裁判所は「すべてのモデル小説を同列に扱うことはできない」とも述べており、史実にどの程度基づくかの個別検討が必要です。戦国武将名のように史実上の人物名そのものを用いる商標とは、事案の位置づけが異なります。
第2に、7号の主張立証のハードルです。遺族感情・国民感情を理由とするなら、それを裏付ける証拠(遺族の意見、世論の状況等)の提出が不可欠です。本件では「証拠は何ら提出されていない」ことが明示的に指摘されており、抽象的な国民感情論では通らないことが分かります。
第3に、私的紛争と7号の関係です。本件の背景にはパチンコ機を巡る侵害訴訟がありました。7号を私益調整の道具に使うことへの警戒は裁判例・学説に根強く、本判決も限定解釈論に触れつつ判断しています。競業者の商標を攻撃する手段として7号を選ぶ場合は、公益との接点を具体的に示せるかを慎重に見極める必要があります。
第4に、コンテンツ事業者にとっての意義です。長年のシリーズ制作により、モデルのある題材でも「自社番組のタイトル・主人公名」としての出所表示力を築けば、商標登録とその防衛が認められることを示した事例といえます。
まとめ
- 「遠山の金さん」は、実在の遠山景元をモデルとするが、「歴史上実在した人物そのもの」ではなく、テレビ番組のタイトル名・主人公名と認定された
- その結果、歴史上の人物名の独占という公益問題は生ぜず、剽窃性・遺族感情等の各要素を総合しても、商標法4条1項7号該当性は否定された
- 7号を主張する側には、公益侵害・遺族感情等を裏付ける具体的な証拠が求められる
- モデルつき創作物のタイトルの商標登録可否について、実務の参考になる先例
出典・参考判例
- 知財高判平成26年3月26日(平成25年(行ケ)第10233号・審決取消請求事件) 判決文PDF・裁判所ウェブサイト
参考文献
- 小林十四雄編集代表/末吉亙・西村雅子・大塚一貴・三山峻司編著『商標の法律実務――重要判例分析』(中央経済社・2023年)205〜213頁〔高橋雄男〕
- 小野昌延原著・三山峻司改訂『新・商標法概説〔第4版〕』(青林書院・2025年)151〜153頁
- 髙部眞規子「商標登録と公序良俗」(歴史上の人物名からなる商標と4条1項7号・19号の一般論)
※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、弁護士にご相談ください。

この記事の執筆・監修
虎ノ門法律特許事務所 代表
弁護士・弁理士 大熊 裕司
第一東京弁護士会所属(登録番号:37803)・日本弁理士会所属。商標・不正競争防止法をはじめとする知的財産紛争に注力し、警告書対応から審判・訴訟まで一貫して取り扱う。