不正競争防止法
2026/07/23 2026/07/26

プラスチック木型事件を読み解く――どこまで改変すれば「営業秘密の使用」ではなくなるのか

他社から預かった木型を、社外に持ち出してコピーする。コピーした木型に手を加えて改造する。さらに改造した木型のうちつま先部分だけ参考にして新しい木型を作り、その木型で靴を製造販売する――。

このうち、不正競争防止法上の「営業秘密の使用」と評価されるのはどこまでか? 原型をとどめないほど改変が加えられた段階で「使用」は終わっているのではないか?

今回取り上げるプラスチック木型事件(東京地判平成29年2月9日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト 平成26年(ワ)第1397号・平成27年(ワ)第34879号、控訴審:知財高判平成30年1月24日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト 平成29年(ネ)第10031号)は、営業秘密の「使用」の外延と差止めの範囲を、改変の程度に応じて精緻に判断した一本です。


判断構造図

1 「営業秘密の使用」の外延

1.1 使用の定義

不正競争防止法には、営業秘密の「使用」に関する明確な定義はありません。立法担当者の解説によれば、「営業秘密の本来の使用目的に沿った当該営業秘密に基づいて行われる行為として具体的に特定できる行為」とされています(経済産業省知的財産政策室編『逐条解説 不正競争防止法』〔令和6年4月1日施行版〕100頁

1.2 改変を加えた使用

問題は、原告の営業秘密がそのまま使用されるのではなく、何らかの改変が加えられて使用される場合です。改変が加えられ続けた結果、使用される情報がもはや技術的に元の営業秘密と同じものと評価できない場合もあります。

判例・学説は、以下のように整理しています。

  • 同一情報の使用に限らない:営業秘密に改変を加えた情報の使用行為でも、営業秘密の経済的価値を享受していると認められれば「使用」にあたる
  • 原型をとどめないほどの改変:使用される情報がもはや営業秘密と同じものといえなくなった場合は「使用」を否定すべき

たとえば、共同研究開発で営業秘密を示された者が、プロジェクト終了後に独自に同一技術分野の研究開発に取り組もうと思っても、営業秘密の使用回避が困難となるなど、過度に競争を阻害するおそれがある――これが「使用」の外延を限定する政策的理由です。

1.3 先行裁判例

カートクレーン設計図事件(静岡地判平成13年5月30日)は、Xのクレーン設計図(営業秘密)を無断でコピーしたYが、その設計図の一部をもとにY各クレーンを製造する際、光センサーの導入やエンジン馬力の強化など独自の改良を加えた結果、Y各クレーンの仕様・機能・寸法がX各クレーンと全く同一とはいえないものになった事案で、

Y各クレーンの設計図にX各設計図の一部が含まれることは明らかであって、Y各クレーンが完全にYのオリジナル図面に基づくものとはいえない以上、営業秘密の使用は否定されない

として、独自改良を加えた完成品でも「使用」を肯定しました。控訴審(東京高判平成14年1月24日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト)も支持。

本件はこの延長線上で、改変の程度ごとに使用の成否を切り分けた点に意義があります。

2 事案の概要

2.1 当事者と本件契約

  • X社(原告・控訴人):高級婦人革靴の企画・設計・卸売を業とする会社
  • Y2社(被告・被控訴人。三國):高級婦人革靴の製造を業とする会社
  • Y1(被告・被控訴人):Y2社の代表者
  • Y3(被告・被控訴人):X社の元営業担当従業員
  • Y4社(被告・被控訴人。たくみ屋):Y3が設立した会社

X社とY2社は2002年4月頃、X婦人靴の製造をY2社に委託する本件製造委託契約を締結。Y2社はX社からX婦人靴の製造用木型本件オリジナル木型)を預かっていました。

2.2 経緯

  • 2011年4月15日頃、Y3はY1に対し、独立開業計画中の新ブランドの参考にするため、Y2社が保管する本件オリジナル木型の貸出しを要望
  • Y1は本件オリジナル木型を社外に持ち出し、Y3とともに訴外H社で本件複製木型を作成
  • Y3はH社で本件複製木型を改造して本件改造木型を作成
  • 2011年7月、Y3はY4社を設立、X社を退職
  • 2011年8月、Y4社とY2社が製造委託契約を締結したが、X社に発覚し中止
  • Y3はX社に謝罪文と秘密保持誓約書を提出
  • 2012年1〜2月頃、Y3は別の製造委託先M社の紹介を受け、本件改造木型を持ち込み、つま先の形状のみを参考に本件生産用木型を作成。これに基づいて本件Y4婦人靴を製造販売

なお、本件オリジナル木型と本件複製木型・本件改造木型は、設置位置・かかとの高さ・かかとの丸み・峰の部分などが一致していたが、つま先部分の形状・寸法は明確に相違していました。

2.3 X社の請求

X社は、本件オリジナル木型に化体した靴の形状・寸法の情報(本件設計情報)はX社の営業秘密であり、Yらはこれを不正に使用・開示したとして、

  • 各木型および本件Y4婦人靴の使用・開示の差止め
  • 損害賠償(Y婦人靴の販売によるX婦人靴の販売機会喪失)

を請求しました。

3 裁判所の判断

3.1 第一審(東京地判平成29年2月9日)――請求一部認容、一部棄却

第一審は、本件設計情報の営業秘密該当性を肯定したうえで、Yらの行為を4段階に分けて検討しました。

(1) Y2社による本件オリジナル木型のY3・H社への開示および同木型の複製行為 → 営業秘密の不正利用該当

(2) Y3による本件オリジナル木型の複製行為および本件改造木型の作成行為 → 不正利用該当

Y3は、Y2社がX社から本件製造委託契約に基づいて預かっていた本件設計情報が化体した本件オリジナル木型を社外に持ち出してY3に開示しこれを複製することがY2社のX社に対する同契約上の義務に違反することを知り、又は重大な過失により知らないで、Y2社から営業秘密たる本件設計情報を取得した

として、不正競争防止法2条1項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の取得行為に該当するとし、本件複製木型を改造して本件改造木型を作成した行為も同号の使用行為に該当するとしました。

(3) Y4社による本件改造木型のM社への開示行為 → 不正利用該当

本件オリジナル木型と本件改造木型とで形状・寸法が一致している部分に係る設計情報をM社に開示したものといえ、Y4社は不正開示行為が介在したことを知り、または重大な過失により知らずに営業秘密を開示したと認定。一方、形状・寸法が一致していない部分(つま先)については、本件設計情報を開示したと認めることはできないとしました。

(4) Y4社による本件生産用木型の作成および本件Y4婦人靴の製造販売 → 不正利用否定

本件改造木型のつま先の形状を参考に本件生産用木型が作成された事実は認められるとしても、本件改造木型のそれ以外の部分の形状・寸法の情報が本件生産用木型の作成に使用されたとの事実を認めるに足りる証拠はない

本件改造木型のつま先部分の形状・寸法は、本件オリジナル木型のつま先部分の形状・寸法とは明らかに相違している

以上を総合すれば、本件生産用木型には、本件オリジナル木型の形状・寸法の情報すなわち本件設計情報が残存していない蓋然性が高い

これを判断する手法として、X社が本件オリジナル木型と本件複製木型・本件改造木型との一致部分の比較検証結果を提出した一方、本件オリジナル木型と本件生産用木型との一致部分の客観的立証をしていなかったことも指摘しました。

結論として、本件生産用木型および同木型に基づく本件Y4婦人靴に関する差止請求と損害賠償請求を棄却しました。

3.2 控訴審(知財高判平成30年1月24日)――控訴棄却

控訴審は、一部説示を追加したほかは原審をそのまま維持しました。追加された重要な説示は次のとおりです。

木型に含まれる設計情報は、その形状や寸法で構成されているものであるから、木型にパテを盛って、形状・寸法を変更すれば、元の設計情報はその部分において失われるといえる。本件生産用木型と本件オリジナル木型との異同を問題にすることは、営業秘密の保護の要件に形態の同一性という要件を付加したものではなく、本件設計情報が形態に関する情報であることから、営業秘密とされる情報が残存しているか否かを判断するためのものである。

つまり、形態の同一性は要件ではなく、残存性判断のための事実認定の道具だ、という整理です。

4 本判決の意義──「改変の程度に応じた使用の成否」を明示

4.1 従来の枠組みの踏襲と精緻化

本判決の重要性は、改変の程度に応じた営業秘密の使用の成否および救済の範囲を具体的に明らかにした点にあります。従来の枠組み(カートクレーン事件等)を踏襲しつつ、

  • 営業秘密が一部であれ残存している複製木型・改造木型 → 使用に該当
  • 改変が進みもはや残存していない生産用木型 → 使用に該当しない

と切り分けたわけです。

4.2 差止めの範囲

X社は、本件設計情報の使用・開示の差止めではなく、Y各木型および本件Y4婦人靴の使用・開示の差止めを求めました。

  • 本件複製木型・本件改造木型:一部であれ本件設計情報が化体している以上、その使用・開示が営業秘密の使用・開示に直結 → 差止め認容 – 本件改造木型には本件設計情報と形状・寸法が一致しない部分(つま先)も含まれるが、この部分は営業秘密が化体した部分と物理的に不可分一体の関係にあるため、本件改造木型全体について差止めを命じることに合理性がある
  • 本件生産用木型・本件Y4婦人靴:本件設計情報が化体しているとは認められない → 差止め棄却

これは、営業秘密が化体した物体と他の部分が物理的に不可分一体である場合に、全体について差止めを命じる先行事例(カートクレーン事件)と同じ発想です。

4.3 損害賠償の範囲

X社は、Y婦人靴の販売によるX婦人靴の販売機会喪失による損害賠償(不正競争防止法4条)を求めましたが、本件では、本件オリジナル木型の複製・開示および本件改造木型の作成・開示行為のみがYの不正競争として認定されたため、Yの不正競争とX主張の損害との間に相当因果関係が認められないとして棄却されました。

ただし、本件の事実関係のもとでも、X社がYに対し本件オリジナル木型の複製・開示および本件改造木型の作成・開示に係る使用料相当額(不正競争防止法5条3項3号)の賠償を請求すれば認容された可能性があったといえます。

派遣エンジニア情報事件(東京地判平成22年3月4日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト)も、営業秘密の不正開示とXの主張する損害との因果関係を否定した先行事例です。

4.4 「秘密管理性」要件の判断

本件はもう一つの重要な側面として、秘密管理性の判断もあります。第一審は、従業員が職務として記憶した顧客情報等については、

従業員の予見可能性を確保し、職業選択の自由にも配慮する観点から、原則として、営業秘密のカテゴリーをリストにしたり、営業秘密を具体的に文書等に記載したりして、その内容を紙その他の媒体に可視化しているのでなければ、秘密管理性を肯定し難い

と述べ、原告の就業規則や入社時誓約書の一般的記載では不十分と判示しました(控訴審も維持)。これは「媒体への可視化要求型」とも呼ばれる秘密管理性判断の代表例です(エース神戸事件等の関連で本シリーズ別記事参照)。

5 実務への示唆

5.1 営業秘密保有者(原告)として勝つために

改変が加えられた事案で勝つためには、次の準備が重要です。

立証ポイント 具体的な準備
残存性の立証 元の営業秘密と被告物との一致部分の客観的検証
段階的記録 改変過程の各段階の記録(複製→改造→生産)を入手
不可分一体性 残存部分と改変部分が物理的に分離不能であることを示す
経済価値享受 改変後でも被告が経済価値を享受していることを立証
5条3項3号の併用 販売機会喪失の損害賠償が困難なら使用料相当額で代替請求

特に、本件でX社が本件生産用木型との一致部分の客観的立証をしていなかった点は、教訓として残ります。比較検証は対象物すべてに対して網羅的に実施することが必要です。

5.2 使用者(被告)側の防衛

改変による「使用」否定を主張する場合は、

  • 段階的に改変を進めた作業記録を残す
  • 最終的な生産物が独自の検討(公知情報の組合せ等)に基づくことを示す
  • 各段階の物体の写真・3Dスキャンデータ等で形状の差異を立証

ことが有効です。本件のM社への持込みのように、第三者を介在させることで、独自再構築の客観的立証が可能になる場合もあります。

5.3 契約実務への示唆

製造委託契約では、

  • 製造用木型などの目的外使用禁止を明確に規定
  • 木型の社外持出禁止を含む
  • 契約終了時の返還義務と現状保持義務
  • 契約違反時の損害賠償の範囲を予め定めておく

ことで、契約構成と不正競争防止法構成の双方で対応できる体制を整えます。

5.4 知財法を学ぶ方への視点

「使用」の外延と差止めの範囲は、不正競争防止法の中でも実務的に難しい論点の一つです。本件のように改変段階を細かく検討する裁判例は、特許法上の侵害判断における均等論の発想とも比較できる素材です。さらに、過剰差止めと適正差止めの境界線については、田村善之『競争法の思考形式』(1999)149頁などが参考になります。

6 まとめ

最後に本判決のポイントを整理します。

  1. 判旨の核:営業秘密に改変が加えられた事案では、営業秘密が一部であれ残存している段階の物体は使用にあたるが、原型をとどめないほど改変が進み営業秘密が残存しない段階の物体は使用にあたらない
  2. 差止めの範囲:残存部分と改変部分が物理的に不可分一体である場合、物体全体について差止めを命じることに合理性がある
  3. 損害賠償:販売機会喪失損害は因果関係で否定されることが多いため、使用料相当額(不正競争防止法5条3項3号)の代替請求を検討すべき

「どこまで改変すれば使用ではなくなるのか」というシンプルな問いに対して、本判決は「残存しているか否か」という客観的事実認定の物差しで応えました。実務では、原告は残存性を客観的に立証し、被告は改変過程の記録で独自性を主張する――この立証構造が、改変段階を含む営業秘密訴訟のスタンダードになっています。

出典・参考裁判例

裁判所HPの判例検索ページから事件番号で検索できます(判例集未登載のため掲載がない場合があります)。

参考文献として、孫夢潔・知的財産法政策学研究55号327頁、茶園成樹「営業秘密の民事上の保護」日本工業所有権法学会年報28号、髙部眞規子編『著作権・商標・不競法関係訴訟の実務〔第2版〕』(2018)、田村善之『競争法の思考形式』(1999)、経済産業省知的財産政策室編『逐条解説 不正競争防止法』〔令和6年4月1日施行版〕などが参考になります。

※本記事は法的アドバイスを提供するものではなく、一般的な情報提供を目的としています。具体的な法律問題については、弁護士にご相談ください。

© 虎ノ門法律特許事務所(知財・商法・不正競争防止法サイト)