不正競争防止法
2026/07/21 2026/07/26

USBフラッシュメモリ事件を読み解く――「図利加害目的」って結局どこまで広いのか

「営業秘密を不正に使用した」と訴えるとき、不正競争防止法は単なる「使用」以上のものを要求します。図利加害目的――不正の利益を得る目的、または保有者に損害を加える目的――が要件として課されているのです。

このハードルが意外に厄介で、実務でも論点になります。たとえば、自社の製品を作るために他社へ製造委託する過程で交わした技術情報を、別の委託先で使う行為は「図利加害目的」にあたるのでしょうか?

今回取り上げるUSBフラッシュメモリ事件(東京地判平成23年3月2日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト 平成19年(ワ)第31965号)は、不正競争防止法2条1項7号の図利加害目的について、比較的詳細な判断を示した数少ない民事判例として注目される一本です。


判断構造図

1 図利加害目的とは

1.1 二つの目的

不正競争防止法2条1項7号は、

営業秘密を保有する事業者からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為

を不正競争行為としています。「不正の利益を得る目的」を図利目的、「保有者に損害を加える目的」を加害目的と呼び、両者を合わせて「図利加害目的」と総称します。両目的は「又は」で結ばれているので、いずれか一方が認められれば足りるという構造です。

1.2 なぜ目的要件が課されているのか

不正競争防止法の営業秘密規律は、

  • 不正取得類型(2条1項4号):取得・使用・開示を対象。不正の手段を要件
  • 適法取得類型(2条1項7号):使用・開示を対象。図利加害目的を要件
  • 悪意・重過失の転得者類型(2条1項8号〜10号)

の3類型に区分されます。

7号の図利加害目的が課されている理由は、適法に開示を受けた者が情報を使うこと自体は本来正当な行為だからです。誰かを害そうとする悪意や、何らかの不当利得を狙う意図がない限り、刑罰や差止めの対象にすべきではない――そうした立法判断が背後にあります。

なお、刑事的保護に係る営業秘密侵害罪(21条1項・3項)は、すべて図利加害目的を共通の要件として定めています。

1.3 目的要件の趣旨

経済産業省産業構造審議会の議論によれば、図利加害目的を要件とした趣旨は、伝統的な「不正の競争の目的」では、

  • 競争関係のない単なる加害目的(例:勤務先の信用失墜のため営業秘密をネット公開)
  • 外国政府等を利する目的での使用・開示

を対象とできなかったことに対処するためとされています。つまり、目的要件は保護範囲の拡大を志向したもの、というのが立法経緯です。

2 事案の概要

2.1 当事者と本件協議

  • Y(被告):日本法人。自社商品である小型USBフラッシュメモリ(Y各商品)の製造委託先候補としてXと協議
  • X(原告):台湾法人。Yの製造委託先候補として本件協議に参加

YがX商品の情報・条件を提供し、それを基礎としてXが検討した規格寸法等の技術情報(以下「本件技術情報」)をXがYに提供しました。

2.2 Yの行為

その後、本件協議は打ち切られ、Yは別の台湾法人AにY各商品を製造委託して輸入・販売しました。

2.3 Xの請求

Xは、

  1. 不正競争防止法2条1項3号(形態模倣):Y各商品はXの商品の形態模倣
  2. 同項7号(営業秘密の不正使用・開示):Y各商品はXの営業秘密たる本件技術情報を不正に使用・開示して製造
  3. 台湾著作権法上の翻案権侵害
  4. 一般不法行為

を理由に損害賠償を請求しました。本記事では②に焦点を当てます。

3 裁判所の判断(請求棄却)

3.1 形態模倣・著作権侵害の請求棄却

裁判所は、本件協議前にXの商品が回路構成等を含めて開発済みであったとは認められないとして、不正競争防止法2条1項3号の「他人の商品」要件を否定。著作権侵害も理由なしとしました。

3.2 営業秘密該当性の否定

そして②(7号)について、裁判所はまず本件技術情報の営業秘密該当性を否定しました。

Xが、本件協議前に、X商品及びその回路構成等を開発していたとは認められないから、XのYによる営業秘密の不正使用の主張は、その前提を欠き、本件技術情報は、いずれもXが保有する営業秘密であるとは認められない

3.3 仮の議論としての図利加害目的判断

ここが本判決の特徴ですが、裁判所は「事案の性質にかんがみ」として、Xが本件技術情報を使用することが図利加害目的による使用といえるかを仮の議論として検討しました。

本件技術情報は、Yの委託を受け、Yが提供した情報・条件を基礎として検討されたもので、本件協議以前に、Xが、その固有の情報として有していたものとは認められない情報であって、かつ、Yの商品として販売することが検討されていた小型USBフラッシュメモリの製造をするために提供され、提供に当たっては、Yがこれを使用して小型USBフラッシュメモリを製造することが予定されていた情報であ」り、「このような本件技術情報の性格からすれば、仮に、本件技術情報にXの保有する営業秘密が含まれており、Yが営業秘密に該当する技術情報を使用していたとしても、Yが、これを使用することは、本件技術情報がYに対して提供された趣旨に合致こそすれ、これに反するものではなく、Yが、『……不正の利益を得る目的』又は『保有者に損害を加える目的』で本件技術情報を使用したものと認め」られず、「Yが、Y各商品を製造するために製造業者に製造を委託するに際して、本件技術情報を開示することについても、同様である」から、「Yが本件技術情報を不正に使用・開示したものとは認められない」

要するに、

  • 本件技術情報は、Yが提供した情報・条件を基礎としてXが検討したもの
  • そもそもY商品の製造のために提供された情報
  • Yが別の委託先Aで使うのは、提供された趣旨に合致している
  • だから図利加害目的はない

という論理です。

4 本判決の意義──取引関係類型の図利加害目的

4.1 退職関係と並ぶ「取引関係類型」

7号の図利加害目的をめぐる判例は、退職関係取引関係の2類型に大別されます。本件は後者の代表例です。

一般に取引関係類型では、対価を支払わなければ正規に使用できない他社の営業秘密たる技術情報を、自社製品の製造等に無断で使用または使用させる行為が問題になります。この場合、

  • 支払を不正に免れる利益を得る認識 → 図利目的
  • 当該対価相当額の逸失利益を当該他社に被らせる認識 → 加害目的

が認められやすい傾向にあります。

代表的な裁判例として、守秘義務に基づく製造委託契約期間終了後も原告と競合する同じ製品を委託先に製造させ続けた行為に図利目的を認めた東京地判平成23年2月3日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト(光通風雨戸事件第一審)があります(ただし控訴審・知財高判平成23年7月21日・判決文PDF・裁判所ウェブサイトは営業秘密性を否定して請求棄却)。

4.2 図利加害目的の意義の整理

本判決の周辺で確認しておきたい重要な解釈論を整理します。

(1) 図利目的の対象となる利益

図利目的にいう利益は、経済的利益か非経済的利益(例:自己保身目的)かを問いません。自己図利目的か第三者図利目的かも問いませんが、本人図利目的(保有者たる勤務先の業務遂行のため)は含まない――というのが通説です。

(2) 加害目的の認識で足りるか

加害目的は「保有者に有形無形の不当な損害を加える目的」をいい、その認識があれば足り、損害の発生も要しないとされています。

刑法の背任罪(247条)や営業秘密侵害罪については、認識で足りるとする消極的動機説が多数説です(玉井克哉・警察学論集68巻12号34頁ほか)。

民事的保護との関係では、法文に故意ないし悪意が明記されていないことを目的要件が実質的に補っており、過失行為の除外を明確化した点に独自の存在意義があるといえます。

(3) 正当目的の除外

図利加害目的の要件は、「不正」という法文が示すように、正当な目的の行為を除外する機能も営みます。具体的には、

  • 公益の実現を図る目的での内部告発
  • 労働者の正当な権利の実現を図る目的で、労使交渉により取得した営業秘密を労働組合内部に開示する行為

などが図利加害目的から除外されます(経産省知的財産政策室編「逐条解説 不正競争防止法〔令和元年7月1日施行版〕」250頁)。

(4) 行為時基準と主たる目的

図利加害目的の有無は行為時を基準に判断されます。本人図利目的と自己図利目的、第三者図利目的、または加害目的が併存すれば、主たる目的を基準に判断します。

4.3 退職関係類型の判例

退職関係類型では、

  • 在職中に得た営業秘密を転職先等で使用した事案で図利目的を認めた札幌地決平成6年7月8日、東京地判平成16年5月14日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト
  • 最決平成30年12月3日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト(刑集72巻6号569頁):勤務先を退職して同業他社へ転職する直前に、勤務先の営業秘密たるデータファイルを私物ハードディスクに複製した事案で、業務関係データの整理や記念写真の回収が目的との上告理由を退け、業務遂行目的でなく他に正当目的をうかがわせる事情もないことから図利目的を肯定

といった判例があり、「業務遂行目的その他の正当な目的の存在」を問題とする枠組みが定着しつつあります。

4.4 図利加害目的を否定した事例

逆に、東京地判平成26年11月20日・判決文PDF・裁判所ウェブサイトは、営業秘密保有者の事前許諾の存在を理由に図利目的を否定しました。保有者の許諾があれば適法となるのは当然です。

また、知財高判平成27年12月24日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト(平成27年(ネ)第10046号)は、問題とされた行為時点を基準に図利目的を否定した事例として知られます。

5 本判決の評価──控訴審判決との対比

5.1 控訴審の判断

本件の控訴審である知財高判平成23年11月28日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト(平成23年(ネ)第10033号)は、本判決の図利加害目的に関する判示部分(「仮に……これに反するものではなく、」の部分)を削除したうえで、

仮に、Yが本件技術情報を使用していたとしても、それは、YがXに対して提供した情報・条件を基礎とした公知の情報若しくは公知の情報の組合せを使用したにすぎないから、

と改め、Xの控訴を棄却しました。

5.2 本判決の図利加害目的判断への違和感

本判決が「本件技術情報がYに対して提供された趣旨に合致することを理由に図利加害目的を否定した」点には、学説から違和感が示されています。

その違和感の核心は次のとおりです。

仮に本件技術情報の一部にXの営業秘密が含まれていれば、Xが受領すべき製造委託料額の算定に際し、Xは当該営業秘密使用の合理的な対価を上積みして回収しえたはず。ところが、本件技術情報提供後にXが製造委託先候補から外れたので、この方法による回収がXにとって不可能となった。

つまり、本件技術情報は確かにY商品の製造のために提供されましたが、それは「Xが製造委託先となる」ことを前提とする提供だったわけです。Xが委託先から外れた後にYが別の委託先Aで使うのは、提供の前提を覆すもので、「対価相当額の逸失利益を被らせる加害目的」を肯定する余地が大いにありえました。

5.3 本件は営業秘密性否定で十分だった

本件は、控訴審のように、本件技術情報すべての営業秘密性を否定することのみによって請求棄却を導くことができた事案でした。本判決があえて図利加害目的にまで踏み込んで「提供趣旨に合致」と論じた点は、判例理論として混乱を招く面があります。

控訴審判決は、図利加害目的に関する判示を削除し、公知情報のありふれた組合せ等に有用性が認められず営業秘密に該当しないことを改めて明らかにした点で、より穏当な判断であったといえます。

5.4 本判決の射程

それでも本判決は、取引関係類型における図利加害目的の有無を、対価との関係で詳細に検討した数少ない民事判例として実務上の意義を持ちます。判旨の結論には議論の余地があるものの、「提供の趣旨と現実の使用との合致/逸脱」という判断軸を提示した点は、今後の事案にも参照されるでしょう。

6 実務への示唆

6.1 情報を提供する側(X側)の備え

技術情報を取引先候補に提供する際は、次の点を契約・運用の両面で押さえておくべきです。

対策 内容
秘密保持契約(NDA) 提供前にNDAを締結。情報の用途・期間・終了時の扱いを明記
提供目的の特定 「自社が製造委託先となる場合の検討に限る」など目的を具体的に記載
第三者開示禁止 他の製造業者を含む第三者への開示・使用を明示的に禁止
候補から外れた場合の処理 不採用となった場合の情報返還・破棄義務を規定
違反時の対価条項 違反使用があった場合の使用料相当額を予め定めておく

特に重要なのは、「候補から外れた場合の処理」です。NDAで「不採用となった場合は情報を返還・破棄し、自社製品の製造に使用しないこと」を明示しておけば、契約違反として対応できます。

6.2 情報を受領する側(Y側)の備え

逆に、技術情報を受領する側は、

  • 受領した情報のうち、自社が独自に保有していた情報相手方から提供された情報を切り分けて記録
  • 委託先を変更する場合、提供情報の使用範囲を厳格に管理
  • 公知情報・自社開発情報をベースとした製造であることを示す開発記録を残す

ことが重要です。本判決の控訴審が「公知情報の組合せ」と認定したように、結局は情報の独自性が決定的になります。

6.3 退職関係への応用

本判決の理論は、退職関係にも応用できます。退職前に営業秘密データを私物機器にコピーした行為については、最決平成30年12月3日が示すように、

  • 業務遂行目的であった証拠の有無
  • 正当目的をうかがわせる事情の有無

が問われます。「記念写真の整理ついで」という弁明は通用しないというのが最高裁の判断です。

6.4 知財法を学ぶ方への視点

図利加害目的は、刑法の図利加害目的(背任罪等)と要件論を共有しています。営業秘密侵害罪と背任罪の比較、認識説と意欲説の対立、行為時基準と主たる目的の判定――刑事法と民事法の接続点を学ぶ素材として、本判決周辺の議論は深い学びを提供してくれます。

7 まとめ

最後に本判決のポイントを整理します。

  1. 判旨の核:本件技術情報は、Yが提供した情報・条件を基礎としてXが検討したものであり、Yが別の製造委託先で使うことは提供の趣旨に合致するから、図利加害目的による使用とはいえない(ただし営業秘密性も否定)
  2. 位置づけ:取引関係類型の図利加害目的について比較的詳細な判断を示した数少ない民事判例。控訴審は図利加害目的の判示を削除して営業秘密性否定で結論を導いた
  3. 実務:情報提供側はNDAで「候補から外れた場合の処理」を明示。受領側は自社情報・公知情報・受領情報を切り分けて記録

「提供の趣旨に合致するなら図利加害目的なし」という本判決のロジックは、対価の回収が不可能になった事案でも適用してよいかという問題意識を残しました。控訴審のように営業秘密性そのもので切る方が筋がよいケースも多いでしょう。実務では、図利加害目的という入口の前に、有用性・非公知性・秘密管理性という三要件で勝負を決める方が現実的です。

出典・参考裁判例

裁判所HPの判例検索ページから事件番号で検索できます(判例集未登載のため掲載がない場合があります)。

参考文献として、経産省知的財産政策室編「逐条解説 不正競争防止法〔令和元年7月1日施行版〕」、経済産業省産業構造審議会知的財産政策部会「営業秘密に係る刑事的措置の見直しの方向性について」(平成21年2月)、玉井克哉「営業秘密侵害罪における図利加害の目的」警察学論集68巻12号、帖佐隆「不正競争防止法21条1項3号と任務違背・図利加害目的」久留米大学法学74号、木村光江「営業秘密侵害罪と情報に対する刑事的保護について」法学会雑誌(首都大学東京)59巻1号などが参考になります。

※本記事は法的アドバイスを提供するものではなく、一般的な情報提供を目的としています。具体的な法律問題については、弁護士にご相談ください。

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