不正競争防止法
2026/07/26

光通風雨戸事件を読み解く――市販製品から「ノギスで測れる」情報は営業秘密か

「うちの製品は店頭で買って分解すれば誰でも作れる」――そう被告に主張されたとき、原告は何をもって反論すればよいでしょうか。営業秘密の三要件のうち非公知性は、まさにこの「リバース・エンジニアリングの可否」をめぐる勝負の分かれ目になります。

今回取り上げるのは、アルミ製雨戸の図面情報の非公知性が争われた光通風雨戸事件(知財高判平成23年7月21日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト 平成23年(ネ)第10023号、判時2132号118頁、判タ1383号366頁)。一審と控訴審で結論が真逆になった、典型的な「リバエン事件」です。


判断構造図

1 非公知性の基本

1.1 営業秘密の3要件のうちの一つ

不正競争防止法2条6項は、営業秘密の要件として三つを掲げます。

  • 秘密管理性:秘密として管理されていること
  • 有用性:事業活動に有用な情報であること
  • 非公知性:公然と知られていないこと

「公然と知られていない」とは、その情報が一般に知られた状態になっていない、または容易には知ることができない状態を意味します。具体的には、合理的努力の範囲内で入手可能な刊行物に記載されていないこと、公開情報や一般入手可能な商品から容易に推測・分析されないこと、保有者の管理下以外では一般的に入手できないこと――こうした状況が要求されます。

1.2 特許の「公知」とは違う

ここで注意すべきは、特許法の「公然知られた発明」(29条1項1号)とは判断枠組みが異なる点です。

  • 特許法:特定の者しか情報を知らなくても、その者に守秘義務がなければ「公知」となりうる
  • 不正競争防止法:特定の者が事実上秘密を維持していれば、なお「非公知」と扱われる場合がある

また、外国の刊行物に過去に記載されていた状況でも、その情報が日本で知られておらず、取得に時間的・資金的に相当のコストを要する場合は、非公知性が認められることがあります。

1.3 リバース・エンジニアリングが論点に

そして本件の核心は、他社製品を市場で入手して分析することで情報を取得すること(リバース・エンジニアリング)が、非公知性に与える影響です。

学説には、

  • 市場流通製品から取得できる以上、非公知性は否定されるとする説
  • 市販製品から直ちに情報が見て取れるような場合でなければ、現実に取得されて初めて非公知性を失うとする説

があり、判例実務は後者寄りの「市場で流通している製品から容易に取得できる情報か」という基準で判断する方向で安定してきています。

2 事案の概要

2.1 当事者と取引の経緯

事案の経緯は少し複雑なので、時系列で整理します。

時期 出来事
平成16年12月 A社(製造元)とY1(広島地区販売代理店)が代理店契約を締結。本製品(アルミ製の「光通風雨戸」)を販売
平成18年2〜4月 A社の製造委託先トラブルでY1への納品が滞る。Y1は自社製造を提案、C社にアルミ部材製造を依頼
平成18年6月 Y1は部材納品開始。同月、A社代表者XがB社に本製品事業を譲渡
平成18年7月 Y1とA社・B社の間で本件製造販売契約を締結。守秘義務条項あり。X→Yに本製品の部品明細表・各部品の図面等を交付
平成18年9月 Y1の代金不払いを理由に、A社・B社が契約解除
その後 Y1とY1代表者が新設したY2が、本製品とほぼ同一の雨戸を製造販売
平成20年5月 A社代表者Xが設立したX1が、B社から本製品事業の譲渡を受け、Y1・Y2を提訴

2.2 X1の主張

X1は、Y1・Y2が以下に該当すると主張しました。

  • 不正競争防止法2条1項4号:本製品製造に関する営業秘密の不正取得
  • 同法2条1項7号:守秘義務に基づき開示された営業秘密を、不正の利益を得る目的で使用

ここでX1が「営業秘密」と主張した情報は、

  • 本件情報1:本製品の部材に係る図面記載情報
  • 本件情報2:本製品の部品に係る図面記載情報(補助的部品の0.1mm単位精密図面)

の2種類でした。

2.3 Y1・Y2の反論

Y1・Y2の反論は次のとおり。

  • そもそも、本製品の図面等の開示は受けていない
  • 本製品の部材・部品は製品の現物から再製することが容易である
  • 製造方法に特別なノウハウや技術はない
  • 不正取得や不正利益目的の使用も否認

3 原審と控訴審の判断の対立

3.1 原審(東京地判平成23年2月3日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト)――非公知性肯定、X1勝訴

原審は、A社からY1に対し本件情報1(部材図面)と本件情報2(部品図面)の双方が交付されたと認定。

そのうえで、これらの図面が0.1mm単位の精密さで作られていることなどから、本製品が市場流通していたとしても、製品からその形状を正確に把握して図面を起こすことは決して容易ではないと判断。「公然と知られているもの」とはいえず、非公知性を充たすとしました。

結論として、Y1・Y2による雨戸の製造販売を不正競争防止法2条1項7号の「営業秘密の不正使用」と認定。製造販売の差止めと損害賠償を命じました。

3.2 控訴審(知財高判平成23年7月21日)――非公知性否定、原判決取消し

知財高裁は、原審を真逆の方向に動かしました。

(1) 事実認定の段階で交付情報の範囲を絞り込み

控訴審は、A社代表者Xが「本件情報1(部材図面)も交付した」と供述した部分を採用できないと判断。X1から交付されたのは本件情報2(補助的部品の図面)だけだったと事実認定しました。

(2) 本件情報2の非公知性も否定

そのうえで、本件情報2について、

本件情報2に係る図面は、本製品を組み立てるに当たって使用される補助的な部品の形状について0.1ミリ単位で寸法を特定したものであり、それ自体精密ではあるが、いずれもノギスその他の一般的な技術的手段を用いれば本製品の製品自体から再製することが容易なものである

市場で流通している製品から容易に取得できる情報は、不正競争防止法2条6項所定の「公然と知られていないもの」ということができない

と判示し、非公知性を否定しました。本件情報2の対象が「補助的部品」にすぎなかったこと、ノギス(採寸工具)など一般的な技術手段で計測可能であったことが決め手となっています。

加工用金型についても同様に判示。結局、Y1・Y2が使用したとされる情報は不正競争防止法2条6項の「営業秘密」にあたらないとして、原判決のY1・Y2敗訴部分を取り消し、X1の請求を棄却しました。

3.3 なぜ結論が分かれたのか

原審と控訴審の差は、二段階に分けて読むと理解しやすくなります。

ステップ 原審 控訴審
交付情報の範囲認定 部材図面(本件情報1)も部品図面(本件情報2)も交付された 補助的部品図面(本件情報2)のみ交付された
非公知性の評価 0.1mm単位の精密さから、現物から図面を起こすのは困難 補助的部品にすぎず、ノギスで計測可能

つまり、「対象情報の範囲をどう認定するか」で勝負が決まり、その結果として非公知性の評価も逆転したわけです。

4 リバース・エンジニアリングと非公知性──判例の蓄積

光通風雨戸事件は、リバース・エンジニアリングと非公知性の関係を考える上で、判例の蓄積が最終結論に直結することを示した代表例です。

4.1 非公知性を否定した裁判例

  • ピラミッドパワーもぐさ事件(東京高判平成11年10月13日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト):問題情報が市場で販売される商品を取得し観察すればたやすく認識しうるとして、非公知性・有用性を否定
  • 大阪地判平成28年7月21日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト:一般的に利用可能な技術手段で、過大でない費用の成分分析により、市場流通製品の合金種類・配合比率を調べることが容易だとして、非公知性を否定
  • 半田フィーダ事件(知財高判平成30年6月7日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト)/サイレンサー事件(知財高判平成30年7月3日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト):守秘義務を課さずに開示され、商品の外観や解析により容易に知りうる情報の非公知性を否定

4.2 非公知性を肯定した裁判例

  • 奈良地判昭和45年10月23日:問題情報が市販製品を分析することにより直ちに製造しうるものではないとして肯定
  • セラミックコンデンサー事件(大阪地判平成15年2月27日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト):原告製品をリバースエンジニアリングしようとすれば「専門家により、多額の費用をかけ、長時間にわたって分析することが必要」と推認して肯定
  • 靴木型事件(東京地判平成29年2月9日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト):靴の皮革は柔軟性があるため、市場の革靴から製造に用いた木型と全く同一形状・寸法の木型を再現してその設計情報を取得することはできないとして肯定
  • アルミナ繊維事件(大阪地判平成29年10月19日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト):製品分析が技術上可能であっても相当の費用が必要であり「容易に知り得るとまでいえない」として肯定
  • 方向性電磁鋼板事件(知財高判令和2年1月31日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト):公知文献に具体的条件を含む記載があるだけでは、生産現場で実際に採用されている具体的条件を推知できないとして肯定

4.3 判断基準の収斂

これら裁判例は、いずれも「市場で流通している製品から、問題情報を取得するのに要するコストや困難性がどの程度か」を総合考慮して、「容易に取得できる情報か」を判断しています。

判断要素を整理すると:

要素 非公知性を肯定する方向 否定する方向
計測ツール 専門設備・専門家 ノギス・成分分析等の一般的手段
分析時間 長期間 短時間
費用 多額 過大ではない
対象 コアな構造・機能 補助的部品・外観
守秘義務 開示時に課されていた 課されていなかった

光通風雨戸事件は、ノギス×補助的部品×短時間という、否定方向の三拍子が揃った事案だったといえます。

5 実務への示唆

5.1 原告(情報保有者)として勝つために

リバース・エンジニアリング攻撃に耐える非公知性を主張するためには、次のポイントが重要です。

  1. 情報の中核性を立証する:単なる外観寸法ではなく、製造ノウハウや配合・条件等の「現物から見えない情報」をピンポイントで主張対象とする
  2. 再製コストの立証:専門家の意見書や費用試算で、リバースエンジニアリングに要する時間・人員・費用を具体的に示す
  3. 守秘義務の取り付け:取引先・委託先との契約に必ず守秘義務条項を入れ、違反時の対応を整理しておく
  4. 侵害物の比較:被告が短期間で類似品を市場投入できた事実は、独自再製ではなく不正取得の推認材料になる

5.2 被告(再現側)として勝つために

逆に、被告の立場では次の主張が刺さります。

  1. 計測の容易性:ノギス・3Dスキャナ等の汎用ツールで再現可能であることを実演ベースで示す
  2. 対象の補助性:争点情報がコア技術ではなく補助的部品にすぎないことを強調
  3. 公開情報での代替可能性:既存の特許文献・カタログ・規格等で同等の情報が公開されていることを示す
  4. 守秘義務の不存在:そもそも開示時に守秘義務がなかった、または範囲外だったと主張

5.3 契約実務への影響

光通風雨戸事件のポイントの一つは、製造販売契約に守秘義務条項があったことです。守秘義務条項があったからこそ、原告は「契約に基づき開示された情報=営業秘密」というルートを主張できたわけですが、結局、対象情報が補助的部品にとどまるという認定で覆されました。

ここから読み取れる教訓は、契約の守秘義務条項だけでは非公知性は守れないということです。契約の網と、技術的・物理的な秘密管理の網――両方を張る必要があります。

5.4 知財法を学ぶ方への視点

非公知性の判断は、特許法の「公知」とは異質の枠組みで動いており、不正競争防止法独自の制度設計を読む素材として面白い領域です。とくに、リバース・エンジニアリングをめぐる学説対立と、それを「現実の困難性の程度」というファクト中心の判断に落とし込んでいく裁判例の動きを比較すると、規範論と事実認定の接続が見えてきます。

6 まとめ

最後に本判決のポイントを整理します。

  1. 判旨の核:市場で流通している製品から、ノギス等の一般的技術手段で容易に取得できる情報は、不正競争防止法上の「非公知性」を満たさない
  2. 事実認定の重要性:交付情報の範囲認定が、非公知性の評価に直結する。本件は「補助的部品の図面のみ」と認定された時点で、原告の勝負の8割が決まっていた
  3. 実務:守秘義務条項だけでは非公知性は守れない。情報の中核性・再製コストの立証と、技術・物理両面の秘密管理が必要

「市場に出した瞬間に営業秘密ではなくなるのか?」という素朴な疑問に対して、判例実務は「現物から容易に取得できる情報なら、その範囲で非公知性は失われる」と答えています。光通風雨戸事件は、その境界線を「ノギスで測れるかどうか」という具体的な物差しで示してくれた一本です。

出典・参考裁判例

裁判所HPの判例検索ページから事件番号で検索できます。

参考文献として、山本庸幸『要説不正競争防止法〔第4版〕』(2006)、田村善之『不正競争法概説〔第2版〕』(2003)、経済産業省「営業秘密管理指針」(最終改訂平成31年1月23日)、経済産業省知的財産政策室編「逐条解説不正競争防止法〔令和元年7月1日施行版〕」などが参考になります。

※本記事は法的アドバイスを提供するものではなく、一般的な情報提供を目的としています。具体的な法律問題については、弁護士にご相談ください。

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