「当社の知的財産権を侵害している競合品があるので、徹底的に対応します」——知的財産権を保有する企業が、競合製品の顧客に向けてこうした 侵害警告 を送ることは少なくありません。しかし、後の訴訟で 権利の無効や非侵害が判明 した場合、競合企業は「営業上の信用を害された」として不正競争防止法2条1項21号の損害賠償等を請求できる可能性があります。侵害警告と信用毀損行為の境界はどこにあるのでしょうか。
本判決は、英国法人 サンジェニック・インターナショナル・リミテッド(X、ごみ貯蔵機器の特許権・意匠権を保有)が、特許権・意匠権侵害を主張するイ号物件(ごみ貯蔵カセット)を輸入販売する アップリカ・チルドレンズプロダクツ株式会社(Y、旧総代理店から事業承継した日本法人)の顧客に対し、X社と新総代理店C社の連名で 侵害があれば徹底対応する旨の通知書(本件通知書) を送付した行為について、Y社が 不競法2条1項14号(現21号) 違反として損害賠償(約7527万円)を求めた事案です。
知財高裁(特別部・大合議)は、本件通知書には 特定の知的財産権・侵害主体・侵害品が具体的に表示されていない こと、また 約4か月後にX社が本訴を提起している こと等を踏まえ、本件通知行為は 「Xが知的財産権の行使の一環として行ったもの」 であり、社会通念上著しく不相当ともいえないとして、Yの反訴請求を棄却しました(最決平成26年11月18日 上告棄却・不受理決定で確定)。侵害警告と信用毀損行為の境界 に関する重要な大合議判例です。
【凡例】 本判決は 判時2179号36頁・判タ1388号77頁 に登載されており、裁判所HPでも判決文PDF・裁判所ウェブサイトが公開されています。本記事の判決抜粋・規範部分・主文は、判決原典(裁判所HP掲載PDF) に基づいて整理しています。学説対立や関連裁判例の網羅的整理は、別冊Jurist No.248『商標・意匠・不正競争判例百選〔第2版〕』114事件として収録された 駒田泰土・上智大学教授の解説(同230-231頁)に詳しく扱われており、論点の体系を学びたい方には同解説のご一読をおすすめします。
1. 事案の概要
1.1 当事者の関係
| 立場 | 概要 |
|---|---|
| 原告 X(本訴原告/反訴被告) | サンジェニック・インターナショナル・リミテッド(英国法人)。ごみ貯蔵機器の 本件特許権、汚物入れ用カセットの 本件意匠権 を日本で保有 |
| A社 | Xの旧総代理店(日本における総代理店契約を締結) |
| B社 | 米国法人。A社の事業を取得 |
| 被告 Y(本訴被告/反訴原告) | アップリカ・チルドレンズプロダクツ株式会社(日本法人)。BがA社事業を譲り受けて日本で設立。本件販売代理契約終了後も イ号物件(ごみ貯蔵カセット) の輸入・販売を継続 |
| C社 | X社が平成20年11月以降、新総代理店としたわが国の会社 |
1.2 経緯

1.3 訴訟の構造
- 本訴:X → Y、本件特許権・本件意匠権の侵害を理由にイ号物件の輸入・販売差止め、損害賠償(控訴審で請求拡張、最終的に 約2億5969万円)
- 反訴:Y → X、本件通知行為等が 不競法2条1項14号(現21号) の信用毀損行為に該当として損害賠償(7527万4696円)
| 審級 | 結論 |
|---|---|
| 原審(東京地判平成23年12月26日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト 平21(ワ)44391号〔本訴〕・平23(ワ)19340号〔反訴〕) | 本訴:本件特許権侵害認容(実施料相当額・弁護士費用合計2113万9152円)、本件意匠権侵害棄却/反訴:請求棄却 |
| 控訴審(本判決) | 本件特許権侵害肯定(特許法102条2項適用が中心争点)/本訴で 1億4807万7022円 認容/反訴請求棄却(X側勝訴維持) |
| 上告 | 最決平成26年11月18日 平25(オ)684号・平25(受)827号 上告棄却・不受理 |
2. 争点
中心的な争点は、Xによる本件通知行為が、不競法2条1項14号(現21号)所定の「他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」に該当するか でした。
具体的には、
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| ① | 本件通知書には知的財産権の主体・侵害品等が 具体的に特定 されているか |
| ② | 「Yに関する事実」と顧客に理解される程度に 特定 されているとして、信用毀損行為に該当するか |
| ③ | Y側追加主張:Xが平成21年7月22日頃から 西松屋・赤ちゃん本舗等の被告大口取引先を訪問 し、原告製品以外の商品は知的財産権侵害の問題があるから取扱を避けるよう告知・流布したことの該当性 |
3. 裁判所の判断
3.1 結論
- 本訴:本件特許権侵害肯定、損害賠償 1億4807万7022円(特許法102条3項に基づく実施料相当額等を控訴審で再算定。控訴審で請求拡張)
- 反訴:請求棄却(Yの反訴控訴も棄却)
3.2 本件通知行為の性質に関する規範部分(判決原典より)
判決原典(裁判所HP掲載PDF)によれば、本判決は要旨次の趣旨を述べました。
本件通知書の記載内容の評価
判決は、本件通知書に 「Xの保有する知的財産権や、侵害行為に関する侵害の主体、侵害品等について具体的な表示がされているわけではない」 とし、当該記載は、「Xが自ら保有する知的財産権の侵害の事実を知った場合には、侵害者に対して権利行使をして、自社事業を守るとの一般的な意向が示されたものと理解される」 と認定しました。
→ 上記の記載内容によれば、本件通知行為をもって、「他人の営業上の信用を害する虚偽の事実」を告知、流布する行為と認めることはできない とされました。
Y側「特定されている」主張への反論
Y側は、本件通知行為の時期や、X製本体に装着可能な商品がYのイ号物件しか存在しない等の事情から、Yの名称が明示されていなくても受け手の顧客はYに関する事実と理解できる程度に特定されていると主張しました。
しかし、判決原典は次のように判示しました(要旨・本記事執筆者整理)。
- 本件通知書の記載は、自社の知的財産権の侵害があれば権利行使する旨の 一般的な意向の表明 にとどまる
- イ号物件は、本件通知書送付の 3か月余り後 に登録された本件特許権を侵害するものであった
- X社は、本件通知書送付の 約4か月後 に本訴を提起した
そのうえで、判決原典は次のように結論付けました。
以上によれば、本件通知書の送付は、原告が知的財産権の行使の一環として行ったものであり、被告の信用を毀損して原告が市場において優位に立つことを目的としたものとはいえず、内容ないし態様においても社会通念上著しく不相当であるとはいえず、権利行使の範囲を逸脱するものとはいえない。また、イ号物件は、本件意匠権を侵害するものではないが、原告が、イ号物件を本件登録意匠の類似の範囲に含まれると解したことに 全く根拠がないとはいえない などの諸事情を総合考慮すれば、原告の告知行為を違法であると評価することはできない。
3.3 Y追加主張(取引先訪問・告知)への判断
Y側は、本件通知行為のほか、Xが平成21年7月22日頃から 西松屋・赤ちゃん本舗等の被告大口取引先を訪問 し、原告製品以外の商品は知的財産権侵害の問題があるから取扱を避けるよう告知・流布した行為も、信用毀損行為に該当すると追加で主張しました。
判決原典によれば、判決はこの追加主張も次の理由で退けました(要旨)。
- 上記行為を裏付ける客観的証拠は存在しない
- Y社員Aの陳述書(乙47)は、Aが西松屋のBから聞いたとする 伝聞 が記載されているにすぎない
- その内容も、「純正品以外の商品は法的に問題のある商品であるので、純正品以外の使用を控えて欲しい。純正品以外を使用した場合のカスタマーサービスはお断りする」などというものであって、イ号物件が原告の知的財産権を侵害する旨告知、流布するものではなく、被告の営業上の信用とも無関係 である
4. 解説
4.1 不競法2条1項21号「信用毀損行為」の条文
不正競争防止法2条1項21号(旧13号→14号)は、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」 を不正競争としています(不競法2条1項21号)。
知的財産権の侵害警告は、競合品の販売差止めという 裁判外の差止請求 の性格を持ちますが、後に権利の無効・非侵害が判明した場合、結果的に 「虚偽の事実」を競合品の顧客に告知・流布した ことになり、本号該当性が問題となります。
経済産業省「逐条解説 不正競争防止法(令和6年4月1日施行版)」も、信用毀損行為の規定構造について解説しています。
4.2 本判決の判断構造
判決原典による限り、本判決の論理を整理すると以下のフローになります。

ポイントは次の3点です。
1. 特定性:通知書に 特定の権利・侵害主体・侵害品が具体的に表示されていない こと(一般的意向の表明にとどまる)
2. 本件特許権侵害の事後的認定:イ号物件は実際に本件特許権を侵害していた(本訴で認定)
3. 訴訟提起への接続:通知書送付の 約4か月後 に本訴が提起されたこと
これらの諸事情を総合考慮し、本件通知行為は 権利行使の一環 として違法ではないと判断されました。加えて、判決は意匠権侵害が結果的に否定された点についても、X社が本件登録意匠の類似範囲に含まれると解したことに「全く根拠がないとはいえない」 として、X社の判断の合理性を支持しています。
4.3 「権利行使の一環説」をめぐる学説論争(駒田解説への参照誘導)
侵害警告と信用毀損行為の関係をめぐっては、「権利行使の一環説」 という考え方があり、平成13年頃から複数の裁判例が現れています。同説の内容、批判論、本判決における同説の位置付け、必ずしも訴訟提起を前提としない侵害警告と不当訴訟法理(最判昭和63年1月26日 民集42巻1号1頁等)との関係、関連裁判例(東京地判平成13年9月20日、東京高判平成14年8月29日、東京地判平成18年7月6日、知財高判平成19年5月29日、知財高判平成23年2月24日、大阪地判平成29年6月15日等)の 網羅的な整理 は、駒田泰土・上智大学教授「知的財産権の侵害警告─権利行使の一環説〔ごみ貯蔵機器事件〕」別冊Jurist No.248『商標・意匠・不正競争判例百選〔第2版〕』114事件、230-231頁 に詳しく扱われています。論点の体系的な理解を求める方は、ぜひ同解説をご参照ください(本記事執筆者は、関連学説の引用文献および関連裁判例の原典をいずれも未確認のため、書誌情報のみを後掲します)。
4.4 実務への示唆 — 侵害警告を行う際の留意点
本判決の事案・判示から、知的財産権の侵害警告を行う際に実務上参考になるポイントは以下のとおりです。
(1) 通知書の記載の慎重な設計
判決原典によれば、本件通知書は、特定の知的財産権・侵害主体・侵害品を具体的に表示せず、一般的な意向の表明 にとどまっていました。これが「虚偽の事実の告知」と評価されない一因となっています。
逆に、特定の競合企業名・商品名を明示して 侵害である旨を断定的に告知 すると、後に非侵害が判明した場合に信用毀損行為と評価されるリスクが高まります。実務上は、通知書の記載のスコープ・断定の程度を慎重に設計する必要があります。
(2) 本件における訴訟提起との接続
本判決は、本件通知書送付の 約4か月後にX社が本訴を提起した ことを、本件通知行為の違法性を否定する事情の一つとして指摘しています(事案内の事実認定)。本判決は、当該事情と他の事情(通知書記載の一般性、本件特許権の侵害事実の存在等)を 総合考慮 して権利行使の一環性を肯定したものであり、本件以外の事案にどこまで一般化できるかは慎重に検討する必要があります。
(3) 事前の侵害判断の合理性確保
本判決は、本件意匠権については侵害なしとされたものの、X社がイ号物件を本件登録意匠の類似範囲に含まれると解したことに 「全く根拠がないとはいえない」 とされました。侵害警告を発する前の 侵害判断の合理性(弁理士・弁護士等の専門家による事前検討記録)が、後の信用毀損責任を回避する重要な備えになります。
(4) 通知の対象範囲・態様の絞り込み
侵害警告を どの範囲の顧客 に送付するかも重要です。広範囲に送付するほど、信用毀損のリスクが高まります。本件のように 総代理店終了後 の通知の場合、新代理店との連名・通知範囲・記載内容の慎重な設計が必要です。
加えて、取引先を直接訪問 して告知する行為についても、本判決はY側の追加主張を 客観的証拠の不存在・伝聞・営業上の信用との無関係性 を理由に退けていますが、訪問告知は通知書送付以上に直接的な影響を与えうるため、より慎重な記録管理(訪問記録、発言内容のメモ等)が求められる場面と考えられます。
5. まとめ
本判決から押さえるべきポイントは次の3点です(判決原典による限り)。
1. 本判決(知財高裁特別部・大合議)は、本件通知書が知的財産権・侵害主体・侵害品を具体的に表示せず、一般的な意向の表明にとどまっていたこと等を理由に、信用毀損行為該当性を否定 した事例。
2. 判決は、本件通知行為を 「Xが知的財産権の行使の一環として行ったもの」 と位置付け、内容・態様において社会通念上著しく不相当ともいえず、権利行使の範囲を逸脱するものとはいえない と判示した。
3. 実務上、侵害警告を発する場合は、通知書の記載スコープ・断定の程度・通知範囲・事前侵害判断の合理性 を意識した設計が、後日の信用毀損責任を回避する備えとなる。
侵害警告は、知的財産権者にとって権利行使の一手段として重要ですが、後に権利の無効・非侵害が判明した場合の信用毀損リスクを伴います。本判決の事案を踏まえた 慎重な設計 が、実務上不可欠です。
関連条文・判例・参考文献
条文
- 不正競争防止法(e-Gov)
- 第2条第1項第21号(信用毀損行為・虚偽事実陳述流布)
- 第3条(差止請求権)/第4条(損害賠償)
- 特許法(e-Gov)
- 意匠法(e-Gov)
判例
- 知財高判平成25年2月1日 平成24年(ネ)第10015号 ごみ貯蔵機器事件 大合議(裁判所HP判決全文PDF)(判時2179号36頁・判タ1388号77頁登載)
- 最決平成26年11月18日 平成25年(オ)第684号・平成25年(受)第827号(上告棄却・不受理決定)
- 東京地判平成23年12月26日・判決文PDF・裁判所ウェブサイト 平21(ワ)44391号・平23(ワ)19340号(原審)
- 最判昭和63年1月26日 民集42巻1号1頁(不当訴訟・正当行為性)
参考文献
本判決および「権利行使の一環説」、関連裁判例(東京地判平成13年9月20日、東京高判平成14年8月29日、東京地判平成18年7月6日、知財高判平成19年5月29日、知財高判平成23年2月24日、大阪地判平成29年6月15日等)、不当訴訟法理との関係等についての 網羅的な整理 は、次の解説で扱われています。論点の体系的整理に関心のある方は、ぜひ同解説をご参照ください。
- 駒田泰土「知的財産権の侵害警告─権利行使の一環説〔ごみ貯蔵機器事件〕」別冊Jurist No.248『商標・意匠・不正競争判例百選〔第2版〕』114事件、230-231頁
その他、参考にできる一次資料として以下があります。
- 経済産業省「逐条解説 不正競争防止法(令和6年4月1日施行版)」
- 経済産業省「不正競争防止法ページ」
- 特許庁「特許権の活用・侵害対応情報」
なお、駒田・前掲解説で参照されている文献として、駒田泰土「理由のない特許権侵害警告と不正競争防止法─権利行使の”真正さ”を論じる必要はあるか」特許研究66号、田村善之『不正競争法概説〔第2版〕』〔2003〕、瀬川信久「知的財産権の侵害警告と『正当な権利行使』」知的財産法政策学研究9号、土肥一史・高林龍・今井弘晃等の論文があります(本記事執筆者は同解説引用部分のみを通じて把握しているもので、原典は未確認)。
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