はじめに
海外メーカーの製品を輸入して販売していたところ、ある日、面識のない第三者から内容証明郵便が届く。「その商品名は当方の登録商標である。使用を直ちに中止せよ」――。商標登録は先に出願した者が権利を得るのが原則ですから、名称の変更や取引の停止を迫られたように感じる方も少なくありません。
しかし、登録された商標であっても、その登録に至る経緯そのものが社会的相当性を欠くと評価されれば、商標登録は無効とされることがあります。今回取り上げるのは、「コンピュータ周辺装置」を取り扱うドイツ法人アルファクール インターナショナル ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング(以下「アルファクール社」といいます)が使用してきた「Alphacool」の名称について、第三者が先回りして商標登録を受け、その登録公報が発行されてからわずか2か月後に、アルファクール社の日本販売代理店へ使用中止を求める通知書を送った――という事案です。この商標登録は、商標法4条1項7号(公序良俗違反)により無効とされました(Alphacool事件・知的財産高等裁判所令和8年(2026年)7月27日判決・令和8年(行ケ)第10008号 審決取消請求事件・判決文PDF・裁判所ウェブサイト)。
無効審判を請求したのはアルファクール社の側であり、判決はその請求を認めた特許庁の無効審決を維持しました。この事件でアルファクール社は、先回り出願をされた側=勝訴した側です。
本判決の読みどころは、無効の決め手が「この1件の出願経緯」だけではなく、先回り出願をした側が約5年間に行った80件の出願という行動全体のパターンにまで及んでいる点にあります。
前提知識の整理
- 商標登録の無効審判(商標法46条):登録要件に違反して登録された商標について、利害関係人が特許庁に無効を求める手続です。審決に不服がある当事者は、知的財産高等裁判所に審決取消訴訟を提起できます。本件は、商標登録を無効とした審決に対し、商標権者の側がその取消しを求めた訴訟です。
- 商標法4条1項7号:「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」は登録を受けることができないとする規定です。もともとは商標それ自体の内容を想定した規定ですが、実務では、商標そのものではなく出願の経緯に着目して適用される類型が形成されてきました。文献では、「当該商標の登録出願の経緯、目的に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合などについても、同号に該当すると解されている」と整理されています(武宮・後掲965頁)。
- 早期審査(商標):出願した商標をすでに使用しているなどの事情がある場合に、出願人が「早期審査に関する事情説明書」を提出して審査を早めてもらう特許庁の運用上の制度です。事情説明書にはいつから使用しているかを記載し、この書面は出願手続の記録として残ります。
事案の概要
当事者
- 原告X(本記事の図では「原告」):本件商標の商標権者(無効審判の被請求人)。判決文は原告を符号で表記しており、その属性は判示されていません。
- 被告=アルファクール社(本記事の図では「被告」):アルファクール インターナショナル ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング(2010年設立のドイツ法人)。無効審判の請求人です。
アルファクール社は「コンピュータ周辺装置」に「Alphacool」系の商標(判決のいう引用商標)を使用してきました。2004年にドイツで、2018年にはEUでも「Alphacool」の商標登録を得ています。日本国内でも平成28年(2016年)頃からインターネット販売等により相当程度の売上を上げており、平成31年(2019年)1月にはアルファクール社の商品を紹介するウェブサイト記事に「世界的に著名」「日本でもファンが多い」といった記載がされていました。
なお、判決文には、原告Xとアルファクール社との間に取引関係(代理店契約等)があったことを認定した記載はありません。 原告Xが通知書を送った相手は、アルファクール社の日本販売代理店である株式会社サーフゲイトです。

▲ 図1 当事者と商標の関係――通知書はどこへ送られたか(図中の「被告」がアルファクール社、「原告」が原告Xです)
本件商標と引用商標
| 項目 | 本件商標(原告X) | 引用商標(アルファクール社) |
|---|---|---|
| 構成 | 「Alphacool」の欧文字(標準文字) | 1=比例記号「∝」様の青色図形の右側に同色の「OOL」の欧文字/2=「COOL」が青色の「alphaCOOL」/3=「ALPHACOOL」 |
| 登録番号・出願日 | 第6680828号(商願2022-60708)・令和4年(2022年)5月16日 | ― |
| 設定登録日 | 令和5年(2023年)3月15日(公報発行=同月24日) | ― |
| 指定商品 | 第9類「コンピュータ周辺機器(コンピュータハードウエアを含む。)」のほか、コンピュータ構成部品の冷却用装置等 | ― |
引用商標1については、判決は「αCOOL」の文字をデザイン化したものと理解されると述べています。
※別紙(引用商標目録)の画像を参照(出典:知的財産高等裁判所ウェブサイト掲載の同判決別紙・引用商標目録)。判決別紙の商標目録・対比表は「省略」とされており、本件商標の見本画像は判決文PDFに含まれていません。
出願から通知書までの経過
原告Xは、令和元年(2019年)10月13日から令和6年(2024年)8月6日までの間に80件の商標登録出願をしており(本件商標の出願日までに14件)、本件商標もそのうちの1件です。本件商標の出願日と同日、原告Xは「令和3年5月から使用中」と記載した早期審査に関する事情説明書を提出しています(早期審査は不採用でした)。
そして、商標掲載公報が発行された令和5年(2023年)3月24日から2か月足らずの同年5月22日、原告Xはアルファクール社の日本販売代理店である株式会社サーフゲイトへ、内容証明郵便で「Alphacool」「Noctua」の表示の使用中止等を求める通知書を送付しました。これを受けてアルファクール社が無効審判を請求し、特許庁は令和7年(2025年)12月9日、本件商標を無効とする審決(無効2025-890027号事件)をしました。原告Xがその取消しを求めたのが本件訴訟です。

▲ 図2 アルファクール社(図中「被告」)の使用開始から知財高裁判決まで
争点
判決は、争点を次のとおり単一のものとして示しています。
本件は、登録商標の商標登録無効審判請求について、特許庁が当該登録商標を無効とした審決の取消しを求める事案であり、争点は、当該登録商標の商標法4条1項7号該当性である。
したがって、本件で判断されたのは4条1項7号該当性のみです。以下では、その判断の内容を、便宜上①・②に分けて紹介します(この整理は本記事のものであり、判決が争点として番号を振ったものではありません)。
裁判所の判断
① 出願行動全体からの推認
裁判所が推認の根拠とした間接事実は、次の5点に整理できます。
- 引用商標が、本件商標の登録出願時及び登録査定時において、アルファクール社の商品である「コンピュータ周辺装置」を表示するものとして「需要者の間に一定程度知られていた」こと
- 本件商標と引用商標が「称呼(アルファクール)において共通し、外観において近似する」こと
- 原告Xが、商標掲載公報の発行日(令和5年3月24日)から2か月以内の令和5年5月22日に、アルファクール社の日本販売代理店(株式会社サーフゲイト)に対して使用中止を求める通知書を送付したこと
- 原告X自身が、本件商標の登録出願前から本件商標を使用していた旨の主張をしていること
- 原告Xの出願の状況――令和元年10月13日から令和6年8月6日までの間の80件の出願であり、その多くが他人の使用する商標と同一・類似のものを、他人の使用に遅れて出願したものであること
そして、次のように判示しました。
本件において、原告は、被告が被告商品を表示するものとして本件引用商標を使用していることを認識しながら、被告による本件引用商標の使用を妨害し、あるいは、本件引用商標の信用等に便乗する目的で、殊更に本件商標の登録出願をしたものと推認され、そうすると、本件商標は、その登録出願の経緯に照らし、社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないものとして、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するというべきである。
なお、引用にあたっての注記として、判決文は当事者を「原告」「被告」と表記しています。上記引用中の「被告」がアルファクール社です。
第1の事実について、裁判所は「広く認識されている」(周知)とまでは述べていません。4条1項10号や19号と異なり7号には周知性の明文要件がないため、「一定程度」の認知でも、原告Xがアルファクール社の商標の使用を認識していたと推認する基礎になり得ます。
そして注目すべきは第5の事実です。本件商標1件の出願経緯だけを切り取れば、「たまたま似た商標を思いついた」という説明の余地は残ります。しかし、約5年間に80件、その多くが他人の使用する商標に類似し、かつ他人の使用に遅れて出願されたものであるという行動のパターンが示されると、偶然という説明は成り立ちにくくなります。妨害目的・便乗目的の推認は、この全体像に支えられています。

▲ 図3 7号該当性を支えた5つの間接事実と推認の構造
② 原告Xの反論の排斥――自分が出した書面が決め手に
原告Xは、平成24年(2012年)頃から本件商標を使用していたのであり、周知性のない引用商標に接する可能性はなかったと反論し、これに沿う証拠(甲78〜84)も提出しました。しかし裁判所は次のとおり述べて、この反論を排斥しました。
原告は、平成24年頃から本件商標を使用していたのであり、原告において周知性のない本件引用商標に接する可能性はない旨の主張をし、これに沿う証拠(甲78~84)はあるが、本件事情説明書には、本件商標につき「令和3年5月から使用中」と記載されていることに照らすと、上記証拠は採用できず、他に原告が平成24年頃から本件商標を使用していたことを認めるに足りる証拠はない。
出願と同日に原告X自身が特許庁へ提出した早期審査の事情説明書の記載が、訴訟における「平成24年頃から使用」という主張を崩す決め手になりました。手続の中で自ら提出した書面は、後の紛争で自分を縛るという、実務上きわめて重い教訓です。
裁判所は、原告Xのその他の主張についても「かかる主張を踏まえても、前記判断は覆らない。」とし、原告Xの請求を棄却しました。無効審決が維持され、本件商標の登録は無効とされた――すなわち、無効審判を請求したアルファクール社の側の主張が通ったことになります。
判決の意義・射程
新しい規範を立てた判決ではない
まず正確に押さえておきたいのは、本判決は4条1項7号の一般的な判断枠組みを独立に定立していないという点です。判決には、7号の解釈基準を先に提示する見出しや段落は置かれていません。事実を認定したうえで、結論部分において「登録出願の経緯に照らし、社会的相当性を欠く」「商標法の予定する秩序に反する」という従来から用いられてきた表現で当てはめを行っています。本判決は、既存の枠組みに沿ったあてはめの実例として読むべきものです。
出願経緯に着目する7号適用の類型は、CONMAR事件(知財高判平成20年6月26日・平成19年(行ケ)第10391号・判例時報2038号97頁)が特段の事情のない限り4条各号の個別規定で判断すべきとして限定的な立場を示す一方、Asrock事件(知財高判平成22年8月19日・平成21年(行ケ)第10297号)が、他人が使用を選択しやがて出願されるであろう商標を先回りして不正の目的で剽窃的に出願した事案で7号該当性を肯定するなど、裁判例の蓄積の中で形成されてきたものです(武宮・後掲969〜972頁)。学説には7号の適用拡大に限界があるとする指摘も有力であり(髙部・後掲960〜962頁、武宮・後掲976頁)、本判決はこの蓄積の延長線上に位置づけられます。
「本件1件の経緯」から「出願行動全体」へ
本判決の実務的な意義は、推認の材料として、当該出願1件の経緯にとどまらず、出願人が別に行った多数の出願の内容と時期が正面から用いられている点にあります。7号の主張立証を組み立てるうえで、相手方の出願履歴の網羅的な調査が実質的な意味を持つことを示しています。
本判決が判断していないこと
- 4条1項19号(他人の周知商標の不正目的使用)への言及は、判決文中に一切ありません。 7号と19号の役割分担について本判決が何かを述べたわけではないので、その点を本判決から読み取ることはできません。
- 4条1項15号への言及は1箇所のみで、それは別件(原告Xの出願に係る「Noctua」商標について特許庁が令和8年3月3日に15号該当を理由に無効審決をしたこと)に関する事実認定の一部です。本件商標への15号適用の当否は判断されていません。
- 原告Xとアルファクール社との取引関係の有無について、判決は何も認定していません。原告Xがアルファクール社の代理店であったという認定もありません。
- 本稿執筆時点で、本判決の確定の有無は確認していません。
実務への影響・ポイント
海外ブランドを扱う輸入業者・販売代理店の側
- 登録商標を根拠とする警告書が届いても、直ちに屈する必要はありません。 商標登録は無効審判で覆ることがあり、本件はそれが認められた事案です。まずは相手方の権利の成立過程を調べることが出発点になります。
- 相手方の出願履歴を網羅的に調べることが有効です。J-PlatPat等で出願人名義から他の出願を洗い出し、「他人が使っている商標に類似する出願を、その使用に遅れて反復していないか」を確認します。本件では80件の出願の内容と時期が判断の柱の一つになりました。
- 警告のタイミングも証拠になります。 登録公報の発行から警告までの期間が極端に短い場合、その事実自体が推認の材料になり得ます。通知書は封筒・日付ごと保存してください。相手方が早期審査を申請していれば、事情説明書の記載も確認する価値があります。
日本市場にブランドを展開する海外企業の側
- 本国やEUでの商標登録は、日本での保護を意味しません。 日本での販売(越境ECを含む)を始める段階で、日本における商標登録出願を検討すべきです。本件でアルファクール社はドイツ・EUで登録を得ていましたが、日本の登録を先回りされました。
- 日本での使用実績を証拠化しておくことが有効です。 本件で認定された認知の程度は「一定程度知られていた」というものでした。周知性の立証まで至らない段階でも、販売開始時期・売上規模・国内メディアの紹介記事は、7号の主張を支える事実として機能します。ウェブ記事はURLと日付を記録して保存しておくことをお勧めします。
- 日本の販売代理店に警告が届いた場合、本国企業自身が無効審判の請求人となることができます。 本件で通知書の宛先となったのは日本販売代理店の株式会社サーフゲイトでしたが、無効審判を請求したのは本国のアルファクール社でした。代理店だけで抱え込まず、早期に本国側と情報を共有する体制が重要です。
なお、他人が使用している商標を先回りして出願する行為は、形式的な登録要件を満たしていても、出願経緯を理由に登録が無効とされるリスクを負います。評価の対象は当該1件にとどまらず出願行動全体に及ぶことを、出願する側も踏まえておく必要があります。
まとめ
- 本件は、アルファクール社(ドイツ法人)が使用してきたブランド名を第三者(原告X)が先回り出願して登録を受け、登録公報発行から2か月以内にアルファクール社の日本販売代理店(株式会社サーフゲイト)へ使用中止を求めた事案で、その商標登録が商標法4条1項7号により無効とされたものである
- 決め手は、引用商標の認知度・両商標の近似・警告の早さ・原告X自身の主張・80件の出願というパターンの総合であり、評価の単位が「1件の出願」ではなく「出願行動全体」に及んでいる
- 早期審査の事情説明書に記載された使用開始時期が、訴訟での主張を排斥する決め手となった
- 本判決は7号の一般的判断枠組みを新たに定立したものではなく、既存の枠組みへのあてはめ判断である。4条1項19号との役割分担についても本判決は何も述べていない
商標紛争では、「登録がある/ない」という形式だけで結論が決まるわけではありません。誰が先に使い、誰がどのような経緯で出願したのかという事実の積み重ねが、結論を左右します。
海外ブランドの輸入・販売をめぐって突然の警告書を受け取った方、あるいは日本市場で自社ブランドを第三者に先回り出願されてしまった企業の方は、対応の方向性(無効審判・不使用取消審判・交渉・使用継続の可否)を早い段階で見極めることが重要です。当事務所は商標・不正競争を含む知的財産の紛争を取り扱っておりますので、お早めにご相談ください。
出典・参考判例
本件
- Alphacool事件:知的財産高等裁判所令和8年(2026年)7月27日判決・令和8年(行ケ)第10008号 審決取消請求事件・判決文PDF・裁判所ウェブサイト
本文で言及した関連裁判例(参考文献による紹介に基づくもの。判決文PDFのリンクは、裁判所ウェブサイトでの掲載の裏取りができていないため付していません)
- CONMAR事件:知財高判平成20年6月26日・平成19年(行ケ)第10391号(判例時報2038号97頁、判例タイムズ1297号269頁)
- Asrock事件:知財高判平成22年8月19日・平成21年(行ケ)第10297号
参考文献
- 髙部眞規子「商標登録と公序良俗」951〜964頁(飯村敏明判事〔知的財産高等裁判所〕退官記念論文集所収)
- 武宮英子「商標と公序良俗違反」965〜976頁(同論文集所収)
※上記2論文はいずれも飯村敏明判事の退官記念論文集に収録されたものです(髙部論文の末尾に同判事の退官に寄せる記載があります)。論文集の書名・出版社・発行年は現物を確認できていないため記載していません。
本記事は法的アドバイスを提供するものではなく、一般的な情報提供を目的としています。具体的な法律問題については、弁護士にご相談ください。