不正競争防止法
2026/07/17 2026/07/20

エマックス事件を読み解く――不競法の「周知性」はどこまでの認知度を要するか

「うちの商品は業界では知られている。これだけ売れているのだから、当然『周知』のはずだ」――そう信じて訴訟を起こしてみたら、裁判所から「周知性が認められない」と一蹴される。不正競争防止法2条1項1号の世界で、実は珍しくない展開です。

不競法2条1項1号は、「他人の商品等表示として需要者の間に広く認識されているもの」と類似の表示を使用して混同を生じさせる行為を不正競争としています。この「広く認識されている」(=周知性)の程度は、条文だけでは輪郭が見えません。

本稿で取り上げるのは、最高裁が周知性の認定の難しさを具体的事案で示したエマックス事件最判平成29年2月28日 平成27年(受)第1876号、民集71巻2号221頁、判時2343号89頁、判タ1438号87頁)。米国法人エマックス社の電気瞬間湯沸器をめぐる商標・不正競争訴訟で、最高裁は原審の周知性判断を「直ちに認められない」として破棄差戻しを命じました。


周知性立証の構造
周知性立証の構造

1 不競法2条1項1号における「周知性」の意義

1.1 なぜ周知性が要件とされるのか

不競法2条1項1号は、登録されていない商品等表示の使用者を保護するルールです。商標登録のような形式的権利がないからこそ、「保護に値する一定の事実状態」が必要であり、その事実状態を画する役割を果たすのが周知性の要件です(経済産業省知的財産政策室編『逐条解説不正競争防止法〔令和元年7月1日施行版〕』68〜70頁)。

平成5年の不競法改正前から、裁判例は登録のない商品等表示を保護するためには表示が広く認識されている必要があると整理してきました。現行法もこの伝統を引き継いでいます。

1.2 周知性は誰の中で必要か――「需要者」の意味

不競法2条1項1号にいう「需要者」とは、その商品等の取引の相手方を指し、最終消費者だけでなく最終需要者に至るまでの各段階の取引業者も含まれます(経産省・前掲61頁以下)。学説では、周知性は類似表示使用者の需要者層において広く認識されていれば足り、それ以上に他地域・他分野で周知である必要はないとされます(田村善之『不正競争法概説〔第2版〕』〔2003〕44頁)。

1.3 周知性の「程度」――どれくらい知られていればよいか

ここが本判決で問題になった核心です。表示がどの程度需要者に認識されていれば周知性ありといえるのか。

学説では、不競法2条1項2号(著名表示)の保護とは異なり、「混同を防止する必要があるほどの信用形成」がなされていれば足りるとされます(小野昌延=松村信夫『新・不正競争防止法概説〔第2版〕』〔2015〕184頁)。従来の裁判例では、識別力のある表示を用いて営業していれば、それだけで相応の範囲で周知となるものと取り扱われてきました(田村・前掲知的財産法政策学研究52号263頁)。

ただし、この原則には例外があります。

1.4 例外類型

田村善之教授は、周知性が容易には認められない例外類型として次の三つを挙げています(同・前掲264頁以下)。

  1. 本来商品等表示として機能を予定していない表示(業種にありがちな表示、商品の容器・形態等):識別表示として観念されるには特段の事情を要する
  2. 被告営業地域が広い、または原告営業地域から離れている場合:被告営業地域への周知性立証に特段の事情を要する
  3. 特定地域に偏らず薄く広く商品が販売されている場合:「全国的周知」を主張するほかなく、結果として全国的周知性が否定されがち(大阪地判昭和62年11月30日・STEFANO RICCI事件、大阪地判平成17年9月26日・バイオセリシン事件)

エマックス事件は、まさに3番目の例外類型に該当する事案でした。


2 事案の概要

2.1 当事者と取引の経緯

  • X(本訴原告):平成6年11月、米国法人エマックス社と日本での独占的販売代理店契約を締結。「エマックス」「EemaX」「Eemax」の文字を横書きした各商標(X使用商標)を使用してエマックス社製造の電気瞬間湯沸器(本件湯沸器)を販売
  • Y(本訴被告):Y代表者は平成14年頃に本件湯沸器を知り、平成15年12月にXとの間で販売代理店契約を締結。その後、本件湯沸器を独自に輸入し、X使用商標と同一の商標を使用して日本国内で販売

2.2 商標登録と複数回の訴訟

  • 平成17年・平成22年:Yが「エマックス」等の商標出願をし、いずれも商標権の設定登録を受けた(本件各登録商標
  • 平成18年:Yが損害賠償請求訴訟を提起。平成19年5月、X・Y間の販売代理店契約の不存在確認等を内容とする訴訟上の和解
  • 平成21年:Xが「エマックス」表示の差止め・損害賠償等を求める前訴を提起。平成23年7月、訴訟上の和解(Yは本件湯沸器に「エマックス」を使用しない等)
  • 平成24年12月:Xが本訴提起。X使用商標と同一の商標を使用するYの行為が不競法2条1項1号の不正競争に該当するなどと主張
  • 平成25年12月:Yが反訴提起。本件各商標権に基づきXに商標使用差止め等を請求

2.3 原審までの判断

  • 1審:不競法2条1項1号に基づく本訴請求の一部を認容。商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録無効の抗弁を認めて反訴請求を棄却
  • 原審(控訴審):Yの控訴を棄却

Yは上告受理申立て。


3 最高裁の判断(一部破棄差戻し)

3.1 不競法2条1項1号における周知性

最高裁は、原審が認めた周知性について、原審摘示の事情のみでは直ちに認められないとして破棄差戻しを命じました。判旨を要約すると次のとおりです。

XがX使用商標を使用して販売している本件湯沸器は、商品の内容や取引の実情等に照らして、その販売地域が一定の地域に限定されるものとはいえず、日本国内の広範囲にわたるものであることがうかがわれる。

つまり、本件は特定地域型の周知性ではなく、全国的周知性が問題となる事案だと位置付けたのです。そのうえで、Xの広告宣伝の状況・販売状況を次のように評価しました。

広告宣伝について

  • 業界紙での紹介記事掲載と展示会出展はあったが、X自身の新聞広告は平成7年と平成11年の2回のみ
  • Xの広告宣伝費・展示会費の総額は、本件湯沸器の販売地域が全国に及ぶことに照らすと多額とは言えない

販売実績について

  • 大手の建設会社を含む相当数の企業に対する販売実績があり、販売台数も一定以上にのぼる
  • ただし、具体的な販売台数等の販売状況の総体は明らかでない

最高裁は、これらの事情から「直ちに、X使用商標が日本国内の広範囲にわたって取引者等の間に知られるようになったということはできない」として、原審に審理を尽くさせるため一部破棄差戻しを命じました。

3.2 商標法4条1項10号における周知性

本件では反訴で商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録無効の抗弁が主張されていました。最高裁はここでも、本件各登録商標出願時までの広告宣伝・販売状況に照らし、X使用商標が「日本国内の広範囲にわたって取引者等の間に知られるようになったとは直ちにいうことができない」として、商標法4条1項10号における周知性も否定しました。


4 本判決の意義――事例判断の重みと立証の指針

4.1 抽象論ではなく事例判断

本判決は、無効審判請求の除斥期間経過後の商標権行使については先例的価値を持ちますが(判例百選〔第2版〕38事件参照)、周知性の認定については抽象論を避けた事例判断にとどまります。

しかし最高裁が、本件具体的事例において、不競法2条1項1号の周知性をどのような事実によって認定すべきかを示し、同号の周知性が否定される場合には商標法4条1項10号の周知性も否定されることを示した点は注目されています。

4.2 「薄く広く販売される商品」のジレンマ

本件は、輸入商品の販売代理店であるXが、特定地域に偏ることなく薄く広く商品を販売していた事案であり、田村教授の整理する例外類型③に該当します。

このような事案では、原告は「全国的周知性」を主張するほかありません。しかし、

  • 全国的に押し並べて高い認知度を立証するのは困難
  • 一部地域での集中的認知度ではかえって全国的周知性が否定される

というジレンマに陥ります。本判決は、こうした事案で原告がどのような事実を立証すべきかの指針を示しました。

4.3 立証すべき事実

本判決から逆算すると、薄く広く販売される商品で全国的周知性を主張する原告は、次のような事実を立証する必要があります。

立証項目 望ましい資料
広告宣伝の規模 全国紙・全国放送での広告掲載実績、広告宣伝費の年次推移
展示会・PR活動 全国規模の業界展示会、メディア露出の総量
販売実績 具体的な販売台数の総体(地域別・年次別)
取引先の広がり 全国的に著名な取引先のリスト、地域別取引数
業界紙等の取り上げ 紹介記事の本数・掲載媒体・頻度

本判決はとくに「具体的な販売台数などの販売状況の総体は明らかでない」と指摘しており、原告は販売実績の総体を裏付ける資料を整える必要があります。

4.4 学説の留保――「全国的周知性」を一律に要求するものではない

なお評釈は、本判決を「不競法2条1項1号の周知性に常に全国的周知性が必要」とする趣旨に読んではならないと注意を促します(田村・前掲266頁、宮脇正晴・速判解22号247頁、愛知靖之・平成29年度重判解281頁、蘆立順美・小野昌延先生追悼『続・知的財産法最高裁判例評釈大系』〔2019〕316頁)。

本件はあくまで事例判断であり、特定地域での周知性で足りる類型(例:地域密着型小売店、地元飲食店)では、従来通り限定地域での周知性立証で足りるという原則は維持されます。

4.5 原告側の事情だけでよいのか――鈴木論文の指摘

もう一つ、本判決には学説からの批判もあります。

X使用商標の周知性は、Y側の需要者・販売地域で周知だったかを判断すべきところ、本判決が周知性の基礎事実として、また差戻審で審理すべき事実として示したのは、いずれもX側の事情だけである点で、周知性の認定手法として適切でないとの指摘です(鈴木將文・L&T 77号59頁、67頁以下)。

この指摘は、本号の構造論(被告の営業地域で原告表示が周知か)に関わる本質的な問題提起です。本件のように「全国的周知性」が問われる事案では、被告の営業地域も全国に及ぶため、原告側事情と被告側事情が概ね一致するため目立ちませんが、地域限定の事案では重要な視点となります。


5 商標法4条1項10号における周知性との対比

5.1 各規定での「需要者の間に広く認識されている」

「需要者の間に広く認識されている」という文言は、本件で問題になった商標法4条1項10号(不登録要件・無効理由)のほか、

  • 先使用権(商標法32条1項)
  • 防護標章(商標法64条)

でも要件とされていますが、各規定の立法趣旨から、その意味は異なると解されています。

5.2 商標法4条1項10号の周知性の高さ

商標法4条1項10号における周知性は、必ずしも全国的に知られている必要まではないが、1都道府県内で知られているだけでは足りず、少なくとも関西一円などの数県にわたる相当広い範囲で、相当程度の取引者・需要者に知られていることを要するとされます(知財高判平成26年10月29日・とっとり岩山海事件、東京高判昭和58年6月16日・DCC事件)。

これを学説では**「広知性」**と呼ぶこともあります(田村善之『商標法概説〔第2版〕』〔2000〕54頁)。

5.3 本判決の整合性

周知性の程度は、不競法2条1項1号より商標法4条1項10号のほうが高いと整理されています。したがって、不競法2条1項1号の周知性を否定した以上、商標法4条1項10号の周知性も否定するのが論理的に整合的であり、本判決は結論として支持されます。


6 実務への示唆

6.1 原告側の戦略設計

本判決を踏まえ、不競法2条1項1号で差止めを求める原告は、訴訟戦略として次のような設計が望ましいでしょう。

  • 販売地域の自己評価を正確に:自社商品が「特定地域型」「全国型」のいずれかをまず把握する
  • 販売実績の総体を整える:年次別・地域別の販売台数、市場シェア、取引先リストを訴訟対応書類として整理しておく
  • 広告宣伝の量的データ:広告宣伝費の年次推移、媒体別の出稿実績、業界紙での被言及数を集積する
  • 需要者アンケート:可能であれば、需要者層に対する認知度調査を実施し客観的データを補強する

6.2 被告側の防御

被告側(不競法2条1項1号で訴えられた側、商標法4条1項10号の抗弁を主張する側)も、本判決の射程を活かせます。

  • 原告の販売実績の不足の指摘:原告が販売実績の総体を立証していない場合、それ自体が周知性否定の決め手になる
  • 広告宣伝費の相対化:絶対額が大きくても、販売地域の広さに照らせば「多額とは言えない」と評価できる
  • 原告の主張の地域・需要者層と被告の主張地域・需要者層との対比:両者がずれていれば周知性は否定されやすい

6.3 知財法を学ぶ方への視点

本判決は、不競法2条1項1号の周知性が要件論として「いつ・誰の・どこで・どの程度」という多角的構造を持つことを明らかにしました。同号の周知性と商標法4条1項10号の周知性、3条2項の使用による識別性、防護標章の著名性など、商標・不競法の各規定における「広く認識される」の要件は、立法趣旨が異なれば解釈も異なるという点を、本判決は事例の中で具体化しています。


7 まとめ

本判決のポイントを整理します。

  1. 判旨の核:本件で原審が認定した事情のみでは、X使用商標が日本国内の広範囲にわたって取引者等の間に知られるようになったとは直ちに認められず、原審に審理を尽くさせるため一部破棄差戻し
  2. 理論的位置づけ:薄く広く販売される輸入商品の販売代理店という田村教授の例外類型③に該当する事案で、原告は「全国的周知性」を立証する必要に迫られた
  3. 立証の指針:販売実績の総体・広告宣伝費の販売地域に対する相対評価・取引先の広がりを具体的に立証する必要がある
  4. 商標法4条1項10号との関係:不競法2条1項1号の周知性が否定されれば、より高い水準を要する商標法4条1項10号の周知性も否定される

不競法2条1項1号は、登録のない商品等表示を保護する柔軟な制度ですが、周知性の立証は「販売実績」「広告宣伝」「需要者認識」の三層を具体的に裏付けることが鍵となります。エマックス事件は、その立証に必要な視点を最高裁が事例の中で示してくれた一本といえます。


出典・参考裁判例

参考文献:君嶋祐子「周知性の程度」商標・意匠・不正競争判例百選〔第2版〕65事件、田村善之『不正競争法概説〔第2版〕』〔2003〕39頁・44頁、同・知的財産法政策学研究52号249頁、小野昌延=松村信夫『新・不正競争防止法概説〔第2版〕』〔2015〕184頁、田村善之『商標法概説〔第2版〕』〔2000〕54頁、愛知靖之・AIPPI 63巻9号10頁、宮脇正晴・速判解22号247頁、愛知靖之・平成29年度重判解281頁、蘆立順美・小野昌延先生追悼『続・知的財産法最高裁判例評釈大系』〔2019〕316頁、鈴木將文・L&T 77号59頁、清水知恵子・曹時71巻1号159頁、渋谷達紀『商標法の理論』〔1973〕264〜303頁。


※本記事は法的アドバイスを提供するものではなく、一般的な情報提供を目的としています。具体的な法律問題については、弁護士にご相談ください。

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