裁判例・判例解説
2026/04/08

「編」と記載されていても著作者にならない?――著作権判例百選事件に学ぶ「編集著作物の著作者」の認定基準【虎ノ門法律特許事務所】

導入

法学部で学んだ経験のある方であれば、「判例百選」シリーズを一度は手にしたことがあるのではないでしょうか。各法分野における重要判例を厳選し、専門家による解説を付した法学教育の基本書です。

この判例百選の表紙には、複数の研究者が「編」の肩書きとともに名を連ねています。それでは、「編」と表記された人物は、すべからく著作権法上の「編集著作物の著作者」に該当するのでしょうか。

実はこの問題をめぐり、出版社と元編者との間で深刻な法的紛争が展開されました。知財高裁平成28年11月11日決定(平成28年(ラ)第10009号)は、表紙に「編」と記されていた大学教授について、編集著作物の著作者には当たらないとの判断を示したのです。

本稿では、この決定の内容を詳細に検討し、「編集著作物の著作者」がいかなる基準で認定されるのかを考察します。

基礎的な法的枠組み

編集著作物の定義

著作権法12条1項は、「編集物でその素材の選択又は配列によって創作性を有するもの」を編集著作物として法的保護の対象としています。百科事典、新聞、雑誌、判例集などがその典型です。

編集著作物の保護において重要なのは、個々の素材(記事や判例解説等)それ自体ではなく、いかなる素材を採り上げ、どのような順序で配置するかという「選択」と「配列」に創作性が認められるか否かという点です。

著作者の推定規定(14条)

著作権法14条は、著作物にその氏名が著作者名として通常の方法により表示されている者を著作者と推定する旨を定めています。したがって、書籍の表紙に「○○編」と記されていれば、その人物は編集著作物の著作者であるとの推定が働きます。

ただし、この規定はあくまで「推定」にとどまり、反証により覆すことが可能です。

共同著作物の概念(2条1項12号)

共同著作物とは、「二人以上の者が共同して創作した著作物であって、その各人の寄与を分離して個別的に利用することができないもの」を指します。判例百選のような編集著作物が複数の編者の共同作業により制作された場合、共同編集著作物に該当しうることになります。

事案の概要

関係当事者

相手方Y(債権者)は、東京大学大学院法学政治学研究科・法学部の教授であり、知的財産法を専門とする研究者です。抗告人(債務者)は、社会科学・人文科学分野の書籍等を出版する株式会社有斐閣です。その他の関係者として、A教授、B教授、C教授(いずれも本件著作物の編者として表紙に氏名が掲載された人物)、およびD教授(編集協力者)が登場します。

紛争の経過

本件で問題となった「著作権判例百選」は、有斐閣発行の雑誌「ジュリスト」別冊として刊行されてきたシリーズです。平成21年刊行の「著作権判例百選〔第4版〕」(本件著作物)は、著作権に関する判例113件を収録し、表紙にはA・Y・B・Cの4名が「編」と記載されていました。

その後、有斐閣が「著作権判例百選〔第5版〕」の出版を企画した際、Yはその編者に含まれていませんでした。Yは、第5版が第4版を翻案したものであり自身の著作権を侵害するとして、第5版の出版差止めを求める仮処分を申し立てました。東京地裁はYの申立てを認容しましたが、有斐閣側が保全異議を申し立て、さらに保全抗告に至ったのが本件です。

争点と裁判所の判断

本件の核心的争点は、Yが第4版の編集著作物の著作者と認められるかどうかです。

著作者の推定とその覆滅

知財高裁はまず、第4版の表紙に「A・Y・B・C編」と表記されていることから、著作権法14条に基づく著作者の推定がYに及ぶことを認めました。

そのうえで、この推定が反証により覆されるか否かを、編集過程の実態に即して詳細に検討しました。

編集著作物の著作者性に関する判断枠組み

知財高裁は、編集著作物の著作者性の判断に関して、以下の重要な法的枠組みを提示しました。

素材の選択・配列を現に行った者が編集著作物の著作者に該当することはいうまでもありません。加えて、編集方針の決定は素材の選択・配列と密接不可分の関係にあり、選択・配列の創作性に寄与する行為といえるから、編集方針を策定した者も著作者となりうるとしました。

他方で、単に編集方針や素材の選択・配列について相談を受けて意見を述べたにとどまる場合や、他者が決定した編集方針・選択・配列を消極的に承認したにすぎない場合は、直接の創作行為とは評価しがたいとしています。

さらに注目すべきは、裁判所が「行為それ自体は外形上同様であっても、行為者の地位・権限や当該行為がなされた時期・状況等によって、その行為の法的意味合いは変わりうる」という判断手法を明示した点です。すなわち、形式的に同じ関与であっても、背景事情(コンテクスト)の違いにより著作者性の評価が異なりうるという考え方を打ち出しました。

Yの関与実態に対する評価

裁判所は、第4版の編集過程におけるYの関与を時系列に沿って精密に検証しました。

編者選定の経緯:有斐閣の担当者は、体調面を理由にYは編者として不適切と考えていました。A教授もこの考えに理解を示しつつ、東大教授というYの肩書きを踏まえて安易に除外できないと判断し、やむを得ず「名目上」の編者として残しました。同時に、原案作成には関与しないよう強い制約が課されていました。

原案の作成:収録判例の選択・配列に関する原案は、B教授とD教授が中心となって策定しました。Yはこの作業工程に一切参加していません。

原案に対する意見:完成した原案がYに送付された後、Yは10項目の修正意見を提出しましたが、B教授はそのうち2項目のみを採用しました。この修正はB教授の独自判断によるものと認定されています。

執筆者候補の推薦:Yは特定の実務家1名の削除と別の実務家3名の追加を提言しました。B教授はこれを全面的に受け入れましたが、裁判所は、追加された3名の経歴等に照らすと特段斬新な提案とはいいがたく、創作性の程度は低いと評価しました。

編者会合での関与:Yが出席した編者会合は、事前配付された案に基づく検討が行われ、比較的短時間で終了しました。Yの具体的関与は、判例の追加や配列等に同意したという範囲にとどまると認定されています。

結論――推定の覆滅

以上の検討を踏まえ、知財高裁はYが本件著作物の著作者であるとはいえないと結論づけました。

留意すべきは、裁判所がYの関与を全く否定したわけではない点です。Yは実際に意見を述べ、その一部は反映され、執筆者候補の提案も採用されています。しかし、これらの関与は著作権法上の「創作的関与」と評価しうる水準には達していなかったと判断されました。

知財高裁は、Yは「編者」の一員とされてはいたものの、実質的にはアイデアの提供や助言を期待されるにとどまるアドバイザー的立場にあり、Y自身もそれに沿った関与にとどまったと認定しました。

こうして裁判所は、著作権法14条の推定を一旦認めたうえで、編集過程の具体的証拠を丹念に精査することにより推定を覆すという構成を採りました。結論として、保全抗告を認容し、原決定を取り消して仮処分申立てを却下しています。

本決定の意義と実務的示唆

背景事情を重視する判断手法

本決定の最大の特色は、編集著作物の著作者認定において、行為が行われた背景事情(コンテクスト)を重視した点にあります。従前の裁判例では、素材の選択・配列を実際に遂行した者が編集著作者と認められるのが原則でした。しかし本決定は、同一の行為であっても、行為者の地位・権限、行為時の時期や状況等を総合的に勘案すべきであるとの判断手法を明確にしました。

「確定」行為の法的位置づけ

本決定は、原決定(東京地裁)の判断との対比でも注目されます。原決定は、Yによる「確定」(素材の選択・配列の最終的な決定・承認)への関与を重視してYの編集著作者性を肯定しました。これに対し知財高裁は、編者会合での「確定」行為の実質を吟味し、完成度の高い原案をそのまま承認する行為にすぎなかったと評価しました。最終決定に形式的に参加しただけでは、著作者性は基礎づけられないということです。

実務上の留意点

本決定から導かれる実務上の教訓として、出版社・企業にとっては、編集著作物の制作工程における各関係者の役割分担を明確化し、その経緯を記録として保全しておくことが重要です。本件ではメールのやり取り等の証拠が詳細に検討されており、こうした記録が紛争解決の帰趨を左右しました。

また、編者として名前を連ねる研究者・実務家の側でも、「編」の表記があっても著作者性が否定される可能性があることを認識しておく必要があります。著作者としての権利を確保するには、創作過程への実質的な参画が不可欠です。

司法試験受験生への学習ポイント

本決定は、著作権法の複数の重要論点を横断的に学習できる好素材です。第一に、編集著作物の著作者の認定基準として、素材の選択・配列への創作的関与の意義、編集方針の策定と著作者性の関係、共同創作における各人の寄与の評価方法が問題となります。第二に、著作者の推定規定(14条)がいかなる場合に覆されるかという具体的判断手法を学ぶことができます。第三に、行為の外形のみならず行為者の地位・権限・行為時の状況等を総合的に考慮するという方法論は、他の著作権法上の争点にも応用可能な思考枠組みです。

おわりに

本件は、法律書出版をめぐる著名な紛争であり、「編集著作物の著作者とは誰か」という根源的な問題に正面から取り組んだ重要な裁判例です。

知財高裁は、表紙に「編」と氏名が掲載されていたとしても、編集の実質的な創作工程に関与していなければ著作者とは認められないことを明らかにしました。さらに、その認定に際しては行為の外観だけでなく、行為が行われた背景事情を包括的に考慮する必要があるとしました。

この判断枠組みは、判例百選のような法学文献にとどまらず、編集著作物全般に適用しうる射程を持つものです。出版事業に関わる方はもちろん、著作権法の学習者にとっても、ぜひ理解しておきたい裁判例といえるでしょう。


判決情報:
知財高裁平成28年11月11日決定・平成28年(ラ)第10009号(保全異議申立決定に対する保全抗告事件)
裁判所HP|決定全文
判時2323号23頁、判タ1432号103頁

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