「朝バナナダイエット」という言葉を聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。一時期、朝食にバナナと水だけを摂取するというシンプルなダイエット法が大ブームとなり、関連する書籍が数多く出版されました。
もし「朝バナナ」という言葉が商標登録されていた場合、別の出版社がそのタイトルを使った書籍を出すことは商標権侵害になるのでしょうか?この問題に判断を示したのが、朝バナナダイエット事件(東京地判平成21年11月12日・平成21年(ワ)第657号)です。
本記事では、書籍の題号(タイトル)と商標法・不正競争防止法の関係について、この事件を通じて解説します。
著作物の題号をめぐる法的保護の難しさ
書籍のタイトル(題号)は、読者にとって書籍を選ぶ際の重要な手がかりです。しかし、法的な保護の観点からは、題号の位置づけは複雑です。
著作権法では、題号はその内容と合わせて同一性保持権の保護対象となりますが、題号それ自体には著作物性は認められないのが支配的な見解です。短い語句やキャッチフレーズ等は、原則として著作物として保護されません。
では、商標法や不正競争防止法による保護はどうでしょうか。書籍の題号は商品の出所を示す「商標」として機能しうるのか、また「商品等表示」として保護されるのか――ここに、本件の核心的な問題があります。
事件の概要
当事者
- 原告X:「朝バナナ」(標準文字)の商標権を有する出版社。『朝バナナダイエット』という書籍を出版・販売していました。
- 被告Y:別の出版社。『朝バナナダイエット成功のコツ40』という書籍(Y書籍)を出版・販売していました。
【判決の別紙について】 本判決の判決全文(裁判所HP)には、X標章とY標章の画像が掲載されています。X標章は「朝バナナ」をデザイン化したロゴであり、Y標章は書籍のカバーにおける「朝バナナ」の表示です。両標章を見比べることで、Y標章が書籍の内容を示す題号の一部として表示されている様子を確認できます。
Xの主張
Xは、YがY書籍の題号に「朝バナナ」を含む標章を使用していることについて、以下の2つの法的根拠で差止め・損害賠償を求めました。
- 商標権侵害(商標法36条):Y標章がXの登録商標「朝バナナ」と同一・類似であり、指定商品での使用に当たる
- 不正競争防止法違反(2条1項1号・2号):Y書籍の題号がXの商品等表示と類似し、混同を生じさせる
背景事情
「朝バナナダイエット」は、朝食にバナナと水を摂取することを基本とするダイエット方法として社会的に広く知られていました。「朝バナナ」はこのダイエット方法の略称として一般に認知されていました。
裁判所の判断
争点1:商標権侵害――商標的使用に当たるか
東京地裁は、商標権侵害を否定しました。
裁判所は、商標権侵害が認められるためには、登録商標と同一・類似の標章が「単に形式的に指定商品等に表示されているだけでは足りず、その商品の出所を表示し自他商品を識別する標識としての機能を果たす態様で使用されていることを要する」という一般論を示した上で、以下の点を認定しました。
- 「朝バナナ」はダイエット方法の略称として一般に知られている
- Y書籍のカバー等における「朝バナナ」と「ダイエット成功のコツ40」の各部分は、統一感のあるデザイン・色調で記載されている
- Y書籍に接した読者は、「朝バナナ」をXの出版活動と関連づけるよりも、書籍が「朝バナナダイエット」に関する内容であることを強調する部分であると理解する
結論として、Y書籍におけるY標章の表示は、「単に書籍の内容を示す題号の一部として表示したものであるにすぎず、自他商品識別機能ないし出所表示機能を有する態様で使用されていると認めることはできない」として、商標権侵害を否定しました。
争点2:不正競争防止法違反
裁判所は、まずY書籍の題号がYの商品表示に当たることは認めました。題号は、書籍を他の商品(書籍)と区別するために付された表示だからです。
しかし、その上で裁判所は、「自己の商品表示中に、他人の商品等表示が含まれていたとしても、その表示の態様からみて、専ら、商品の内容・特徴等を叙述、表現するために用いられたにすぎない場合には、他人の商品等表示と同一又は類似のものを使用したと評価することはできない」と判示しました。
Y書籍の題号は、専らY書籍の内容を表現するために用いられたものであるため、不正競争防止法上の不正競争行為にも該当しないと結論づけました。
商標的使用論の系譜と本判決の位置づけ
商標的使用論は、多くの裁判例の蓄積により確立されてきました。代表的な先例として以下のものがあります。
- 巨峰事件(福岡地飯塚支判昭和46年):ぶどうの品種「巨峰」を段ボール箱に表示した行為は、内容物の表示であって商標の使用ではない
- UNDER THE SUN事件(東京地判平成7年):井上陽水の音楽CDアルバムのタイトルについて、出所識別機能を果たしていないとして侵害を否定
本判決は、これらの先例と同じく商標的使用論を肯定する判決として位置づけられます。なお、本件は平成26年の商標法改正(26条1項6号の新設)前の事案ですが、改正後は同号の抗弁として処理されることになります。
著作物の題号と不正競争防止法――分かれる裁判例
著作物の題号が不正競争防止法上の「商品等表示」に該当するかについては、裁判例の立場が分かれています。
- 肯定例:スイングジャーナル事件(東京地判平成11年)では、題号が商品等表示に当たると認定した上で、専ら内容を叙述するための使用であれば不正競争に該当しないとしました。
- 否定例:超時空要塞マクロス事件(知財高判平成17年)では、映画の題名はあくまで著作物を特定するものであり、商品や営業主体を識別する表示ではないとして、商品等表示性自体を否定しました。
本判決は、題号の商品等表示性を認めつつ、使用態様から不正競争行為に該当しないと判断した点で、スイングジャーナル事件の枠組みに近い立場をとっています。
実務へのポイント
出版社・コンテンツ制作者の方へ
- 書籍の題号に他人の登録商標と同一・類似の語句を使う場合、それが書籍の内容を示すために使われているのであれば、商標権侵害にならない可能性が高いといえます
- ただし、題号の使い方によっては出所表示機能を果たすと判断される可能性もあるため、題号全体のデザインや文脈にも注意が必要です
- 不正競争防止法上のリスクも別途検討が必要です
商標権者の方へ
- 自社商標が書籍の題号に使われた場合、その使用が出所識別のためではなく内容説明のためであれば、差止めが認められない可能性があります
- 特に、商標登録した語句が一般的な概念や方法論の名称として広く認知されている場合は、題号での使用を排除することは困難です
- 商標の識別力を維持・強化するためにも、普通名称化を防ぐ取り組みが重要です
知財法を学ぶ方へ
- 書籍の題号は、著作権法・商標法・不正競争防止法の3つの法律が交錯する論点です
- 商標的使用論は、商標法の出所識別機能を理解するための鍵となる法理です
- 不正競争防止法における「商品等表示」の範囲と、「使用」の評価は区別して理解する必要があります
まとめ
朝バナナダイエット事件は、書籍の題号の一部として他人の登録商標「朝バナナ」を使用する行為が、商標的使用に当たらないとして商標権侵害を否定し、さらに不正競争防止法上の不正競争行為にも該当しないと判断した事例です。
「朝バナナ」がダイエット方法の略称として一般に知られていたこと、Y書籍の題号が書籍の内容を表現するために用いられていたことが、判断の決め手となりました。書籍の題号は、商品の内容を説明する面と出所を識別する面の二面性を持つため、その使用態様を個別に判断する必要があることを、本判決は教えてくれます。
出典・参考判例
- 朝バナナダイエット事件(東京地判平成21年11月12日・平成21年(ワ)第657号)
- 巨峰事件(福岡地飯塚支判昭和46年9月17日)無体裁集3巻2号317頁
- UNDER THE SUN事件(東京地判平成7年2月22日)知的裁集27巻1号109頁
- スイングジャーナル事件(東京地判平成11年2月19日)判時1688号163頁
本記事は法的アドバイスを提供するものではなく、一般的な情報提供を目的としています。具体的な法律問題については、弁護士にご相談ください。