事例/コラム
2026/04/09

美術品を購入しても自由に飾れるとは限らない?――展示権と著作権法45条1項の実務的論点【虎ノ門法律特許事務所】

はじめに

気に入った画家から絵画を購入し、自宅のリビングに飾って日々鑑賞する――。しかし、その作品を知人が経営するカフェやレストランに貸し出して展示するとなると、話は変わってきます。「自分が買ったものなのだから好きに使える」と考えがちですが、法律上は必ずしもそうとは言い切れません。

本稿では、美術品の「所有権」と「著作権」が別個の権利であることを出発点に、展示権(著作権法25条)の意味、所有者による展示を認める調整規定(同法45条1項)の仕組み、さらに購入時の契約条件との関係で生じる「オーバーライド問題」までを解説します。

展示権の概要――「飾る」行為が著作権に関わる理由

著作権法25条は、美術の著作物またはまだ発行されていない写真の著作物の原作品を「公に展示する」権利を著作権者に専属させています。

「公に」とは、不特定の者または多数の者が鑑賞可能な状態に置くことを指します。自宅で家族と楽しむ分には問題ありませんが、飲食店やギャラリー、オフィスのエントランスなど不特定多数がアクセスできる場所に飾る行為は「公の展示」に該当し得ます。著作権者に無断でこれを行えば、展示権侵害が問題になるのです。

所有者の権利を守る調整規定――著作権法45条1項

とはいえ、絵画を購入した所有者が展示のたびに著作権者の許諾を得なければならないとすると、美術品取引の実際に著しい支障が生じます。

この不都合を解消するために設けられたのが著作権法45条1項です。同項は、美術の著作物や写真の著作物の原作品の所有者が、またはその同意を得た者が、原作品を公に展示できると定めています。

重要な点として、所有者だけでなく「所有者の同意を得た者」も展示が可能です。したがって、所有者が知人の飲食店に作品を貸し出して展示させることも、この条文の射程に入ります。

海外アーティストの作品と日本法の適用

国際的なアートマーケットが拡大するなか、外国人アーティストの作品を日本国内で展示するケースも増えています。この場合にも日本の著作権法が適用されるかという問いに対しては、答えはイエスです。

著作物の利用行為が行われる国の法律が適用されるのが国際的な原則であり、日本国内での展示には日本法が準拠法となります。さらに、日本が加盟するベルヌ条約の内国民待遇原則(同条約5条)により、条約加盟国のアーティストの作品は日本の著作者と同等の保護を受けます(著作権法6条3号)。したがって、45条1項の制限規定も同様に適用されます。

購入時の契約と法律の衝突――オーバーライド問題

問題の所在

アーティストから作品を購入する際に「個人鑑賞目的に限る」「商業施設での展示は禁止する」といった条件を付されることがあります。このような約束に同意して購入した場合、著作権法45条1項が認める展示の自由と、契約上の制限はどちらが優先するのでしょうか。

権利制限規定の性質をめぐる議論

この論点は「契約による権利制限規定のオーバーライド問題」と呼ばれています。平成19年の文化審議会著作権分科会報告書では、権利制限規定が強行規定(契約で変更不可能な規定)にあたるかは個別の規定ごとに判断すべきとされ、強行規定でない場合もビジネス実態や制限の合理性等を総合考慮すべきとの方向性が示されました。

45条1項の法的性質

45条1項を正面から扱った裁判例は現時点では見当たりませんが、同条は所有者と著作権者の私的な利益調整を主目的とする規定であり、私的複製(30条)や引用(32条)のように表現の自由や学術振興といった強い公益目的を背景としたものではありません。そのため、任意規定(当事者の合意で排除可能な規定)と解される可能性が高いと考えられます。

この理解に立てば、購入時に「商業施設では展示しない」と約束した場合、その契約は有効であり、所有者はその約束に拘束されることになります。

約束違反と著作権侵害の関係

では、所有者が約束に反して第三者の店舗に作品を貸し出し、展示させた場合はどうなるでしょうか。

ここで重要なのは、「約束違反」と「著作権侵害」は法的に異なる問題だという点です。店舗オーナーは所有者の同意を得て展示しているため、45条1項の要件を形式上満たしています。所有者とアーティスト間の契約上の制約は当事者間の問題であり、これに違反したことが直ちに展示権侵害を構成するとは考えにくいのです。

整理すると、所有者はアーティストに対する債務不履行責任(損害賠償等)を負い得る一方、店舗オーナーの展示行為自体は45条1項により展示権侵害にはならない可能性があります。契約上の責任と著作権法上の責任は別次元で判断されるという点は、実務上きわめて重要です。

実務上の留意点

美術品取引に関わる方が押さえておくべきポイントは、まず「所有権」と「著作権」は別の権利であり、作品を購入しても著作権は移転しないこと(著作権譲渡には別途の合意が必要、著作権法61条1項)です。次に、購入時に展示条件があるか否かを確認し、書面で明確にしておくことがトラブル防止に直結します。そして、第三者に貸し出す前に購入時の条件を再確認することも欠かせません。

まとめ

美術品を購入しても、あらゆる場所で自由に展示できるとは限りません。著作権法上の展示権という壁が存在するためです。ただし、45条1項の調整規定により、所有者は原則として著作権者の許諾なく原作品を公に展示することが認められています。

一方、購入時に展示を制限する約束をしていた場合には、その契約が優先する可能性が高く、約束違反は債務不履行責任を生じさせ得ます。もっとも、契約違反と著作権侵害は別個の問題であり、所有者の同意を得た第三者の展示行為は45条1項によって保護されると考えられます。「所有していること」と「自由に展示できること」は同義ではないことを理解し、取引時の条件確認を怠らないことが肝要です。

参考法令等
著作権法25条(展示権)、45条(美術の著作物等の原作品の所有者による展示)、6条(保護を受ける著作物)、61条1項(著作権の譲渡)
ベルヌ条約5条(内国民待遇)
平成19年1月 文化審議会著作権分科会報告書

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