エマックス事件 平成29年2月28日 第三小法廷判決

 本件は、米国法人であるA(以下「A社」という。)との間で同社の製造する電気瞬間湯沸器(以下「本件湯沸器」という。)について日本国内における独占的な販売代理店契約を締結し,「エマックス」,「EemaX」又は「Eemax」の文字を横書きして成る各商標(以下「被上告人使用商標」と総称する。)を使用して本件湯沸器を販売している被上告人が,本件湯沸器を独自に輸入して日本国内で販売している上告人に対し、被上告人使用商標と同一の商標を使用する上告人の行為が不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争に該当するなどと主張して、その商標の使用の差止め及び損害賠償等を求めた事案です。
 上告人と被上告人は、かつて販売代理店契約を締結していましたが、その後、上告人と被上告人との間に紛争が生じ、平成18年6月に提起された上告人の被上告人に対する損害賠償請求訴訟において、平成19年5月25日に販売代理店契約が同日現在において存在しないことの確認等を内容とする訴訟上の和解が成立しました。
 上告人は、「エマックス(標準文字)」(第4895484号)、「エマックス\EemaX」(第5366316号)の商標権について登録を受けました。
 平成21年7月、被上告人の上告人に対する不正競争防止法に基づく差止等請求訴訟が提起され、その控訴審において、平成23年7月8日、上告人が「エマックス」という商品名を使用しないことを誓約することなどを内容とする訴訟上の和解が成立したが、上告人は,その後も、被上告人使用商標と同一の商標を使用して本件湯沸器の販売を継続していました。
 被上告人は、平成24年12月、本件本訴を提起し、平成25年12月、上告人から本件反訴を提起されました。
 本件訴訟の争点は、被上告人の、①商標法47条1項の除斥期間の経過後に無効の抗弁(商標法39条において準用される特許法104条の3第1項)が認められるのか、②権利濫用の抗弁(民法1条3項)は認められるのかです。

争点①商標法47条1項の除斥期間の経過後に無効の抗弁が認められるか
 最高裁は、不正競争の目的がある場合を除き、除斥期間の経過後は無効理由の抗弁は認められないとしました。最高裁の判断は以下の通りです。

「商標法47条1項は,商標登録が同法4条1項10号の規定に違反してされたときは,不正競争の目的で商標登録を受けた場合を除き,商標権の設定登録の日から5年の除斥期間を経過した後はその商標登録についての無効審判を請求することができない旨定めており,その趣旨は,同号の規定に違反する商標登録は無効とされるべきものであるが,商標登録の無効審判が請求されることなく除斥期間が経過したときは,商標登録がされたことにより生じた既存の継続的な状態を保護するために,商標登録の有効性を争い得ないものとしたことにあると解される(最高裁平成15年(行ヒ)第353号同17年7月11日第二小法廷判決・裁判集民事217号317頁参照)。そして,商標法39条において準用される特許法104条の3第1項の規定(以下「本件規定」という。)によれば,商標権侵害訴訟において,商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認められるときは,商標権者は相手方に対しその権利を行使することができないとされているところ,上記のとおり商標権の設定登録の日から5年を経過した後は商標法47条1項の規定により同法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判を請求することができないのであるから,この無効審判が請求されないまま上記の期間を経過した後に商標権侵害訴訟の相手方が商標登録の無効理由の存在を主張しても,同訴訟において商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認める余地はない。また,上記の期間経過後であっても商標権侵害訴訟において商標法4条1項10号該当を理由として本件規定に係る抗弁を主張し得ることとすると,商標権者は,商標権侵害訴訟を提起しても,相手方からそのような抗弁を主張されることによって自らの権利を行使することができなくなり,商標登録がされたことによる既存の継続的な状態を保護するものとした同法47条1項の上記趣旨が没却されることとなる。そうすると,商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後においては,当該商標登録が不正競争の目的で受けたものである場合を除き,商標権侵害訴訟の相手方は,その登録商標が同号に該当することによる商標登録の無効理由の存在をもって,本件規定に係る抗弁を主張することが許されないと解するのが相当である。」

争点②権利濫用の抗弁(民法1条3項)は認められるのか
 最高裁は、自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている者については、権利濫用の抗弁が認められるとしました。最高裁の判断は以下の通りです。

「商標法4条1項10号が,商標登録の出願時において他人の業務に係る商品又は役務(以下「商品等」という。)を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標につき商標登録を受けることができないものとしている(同条3項参照)のは,需要者の間に広く認識されている商標との関係で商品等の出所の混同の防止を図るとともに,当該商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとして認識されている者の利益と商標登録出願人の利益との調整を図るものであると解される。そうすると,登録商標が商標法4条1項10号に該当するものであるにもかかわらず同号の規定に違反して商標登録がされた場合に,当該登録商標と同一又は類似の商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている者に対してまでも,商標権者が当該登録商標に係る商標権の侵害を主張して商標の使用の差止め等を求めることは,特段の事情がない限り,商標法の法目的の一つである客観的に公正な競争秩序の維持を害するものとして,権利の濫用に当たり許されないものというべきである。(最高裁昭和60年(オ)第1576号平成2年7月20日第二小法廷判決・民集44巻5号876頁参照)。そこで,商標権侵害訴訟の相手方は,自己の業務に係る商品等を表示するものとして認識されている商標との関係で登録商標が商標法4条1項10号に該当することを理由として,自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することができるものと解されるところ,かかる抗弁については,商標権の設定登録の日から5年を経過したために本件規定に係る抗弁を主張し得なくなった後においても主張することができるものとしても,同法47条1項の上記(ア)の趣旨を没却するものとはいえない。したがって,商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後であっても,当該商標登録が不正競争の目的で受けたものであるか否かにかかわらず,商標権侵害訴訟の相手方は,その登録商標が自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であるために同号に該当することを理由として,自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することが許されると解するのが相当である。」

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