不正競争防止法
2026/05/16

パチスロ機パテントプール事件(東京高裁平成14年6月26日判決)— 信用毀損行為の「虚偽の事実」はどう判断されるか

競合相手は詐欺的な会社だ」。記者会見やプレスリリースで競合企業を批判する場面は、ビジネス紛争で珍しくありません。しかし、こうした 意見・評価を含む発言 が、不正競争防止法 2条1項21号(信用毀損行為) の「虚偽の事実」に該当するかは、しばしば微妙な判断を迫られる問題です。

本判決は、パチスロ機業界のパテントプール方式の解消を主張するY1社代表者Y2が、業界誌マスコミ向け記者会見で、X社(パテントプール管理会社)について「異常な会社」「詐欺的行為」等と発言し、業界誌に掲載されたことについて、X社が 不競法2条1項13号(現21号) の信用毀損行為に該当するとして差止め・損害賠償・謝罪広告を求めた事案です。

東京高裁は、「虚偽」の事実かどうかは、受け手の普通の注意と聞き方ないし読み方を基準として判断すべき という規範を示し、本件発言の受け手が 業界マスコミ・業界誌の読者 であって一定の予備知識を持っていたことから、「真実に反する誤解をするような陳述」に当たらないとして、請求を全部棄却 しました。信用毀損行為における「虚偽の事実」判断の基準を示した重要判例です。

1. 事案の概要

1.1 当事者の関係

立場 概要
原告 X パチンコ型スロットマシン(パチスロ機)業界のパテントプール管理会社。各製造業者の特許権等につき集中的に再実施許諾権付き実施許諾契約を受け、一定範囲の製造業者に有償再実施許諾を行う
被告 Y1 パチスロ機業界の一社。本件パテントプール方式の解消 を主張
被告 Y2 Y1の代表者。記者会見で本件発言

なお、本件記者会見が開催された背景には、Y1社が再実施許諾先業者(別件訴訟相手方)に対して特許権侵害訴訟(別件訴訟)を提起した経緯があります。

1.2 経緯

パチスロ機パテントプール事件 経緯フロー

1.3 訴訟の構造

Xは、Y2の発言(本件発言)および本件記事掲載(本件掲載行為)が 不競法2条1項13号(現21号) の信用毀損行為に該当するとして、

  • 陳述等の差止め
  • 謝罪広告の掲載
  • 損害賠償

を求めました。

審級 結論
第一審(東京地判平成13年8月28日 平成12年(ワ)第19078号 判時1775号143頁・判タ1095号246頁) 一部認容(200万円損害賠償)・差止却下・その余棄却
控訴審(本判決) 原判決中Y側敗訴部分取消し+附帯控訴棄却(X全部敗訴)
上告 上告棄却・上告受理申立て不受理

2. 争点

中心的な争点は、本件発言・本件記事に陳述された事実が「虚偽」に該当するか でした。特に、

争点 内容
虚偽」の判断基準(受け手をどう設定するか)
異常な会社」「詐欺的行為」という評価的表現は意見・論評か事実の陳述か
業界マスコミ・業界誌読者という受け手の特性をどう考慮するか

3. 裁判所の判断

3.1 結論

原判決中Y側敗訴部分取消し、Xの請求および附帯控訴棄却(上告棄却・上告受理申立て不受理)

3.2 「虚偽」の判断基準(規範部分)

控訴審判決は次の規範を示しました。

……これが「虚偽」であるかどうかは、その受け手が、陳述ないし掲載された事実について真実と反するような誤解をするかどうかによって決すべきであり、具体的には、受け手がどのような者であって、どの程度の予備知識を有していたか、当該陳述ないし掲載がどのような状況で行われたか等の点を踏まえつつ、当該受け手の普通の注意と聞き方ないし読み方を基準として判断されるべき である。

つまり、「虚偽」性は、受け手の普通の注意と聞き方ないし読み方 という基準で判断され、その際、受け手の属性・予備知識・状況 を考慮するということです。

3.3 評価的表現と「事実」の関係

本判決は、本件発言中に評価的表現が含まれることを認めつつも、要旨次の趣旨を述べました。

……これらが全体として意見ないし論評にすぎないということはできない

そのうえで、上述の「受け手」基準に基づき、各発言部分の虚偽性を順次検討しています。

3.4 本件発言への当てはめ

判決は本件発言の受け手が 「本件記者会見に出席した遊技機業界関連のマスコミ関係者」 であり、「取材という明確な目的をもって参集した者」であって、別件訴訟提起に至った経緯(パチスロ機製造業界におけるパテントプール方式に対する公正取引委員会の勧告、Y1社の本件パテントプール方式からの離脱主張、別件訴訟の提起)について 基本的な流れを予備知識として有していた ものと推認されると認定しました。

そのうえで、

  • Y2の発言(1)「Y1がXのパテントプール方式から脱会した」旨のやり取り → 引き続く発言にも照らして、「単に……Y1の立場を説明する陳述として受け止めるであろうことは明らか」 であり、虚偽とはいえない
  • Y2の発言(2)〜(4)「異常な会社」「詐欺的行為」「非常に怖いこと」等の評価ないし論評にわたる部分 → 「直接の聞き手が一般大衆であれば格別」、本件記者会見が別件訴訟提起のためY1側の言い分を説明する場であることを当然の前提として、一定の予備知識を持って取材目的で出席した業界マスコミ関係者の 「普通の注意と聞き方を基準として判断」した場合、別件訴訟に関するY1の主張をやや俗な言葉で説明したものと理解されるにとどまる

として、本件発言に陳述された事実は「虚偽」とはいえない と判示しました。

3.5 本件掲載行為への当てはめ

判決によれば、本件記事中のY2発言の引用部分について、本件雑誌の主な読者(パチスロ機の製造販売業者等の関係者)の 「普通の注意と読み方を基準にした場合」、本件記事は 「係争中の一方当事者の言い分として紹介されているもの」 と理解されるにとどまり、その言い分を真実と断定的に主張するものでないことは容易に理解しうる、とされています。したがって、本件掲載行為についても「虚偽」とはいえないとされました。

4. 解説

4.1 不競法2条1項21号「信用毀損行為」の条文

不正競争防止法2条1項21号(旧13号→14号)は、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」 を不正競争としています(不競法2条1項21号)。条文上の文言は、(i)競争関係にある他人(ii)営業上の信用を害する(iii)虚偽の事実(iv)告知・流布 を要素として読み取ることができます。

これらの各要素の解釈・要件論については、経済産業省「逐条解説 不正競争防止法(令和6年4月1日施行版)」、および後掲の栗田解説(判例百選228-229頁)に詳しい議論があります。本記事では、本判決が示した「虚偽の事実」の判断基準 に絞って整理します。

4.2 本判決の意義

本判決は 「虚偽」の事実の判断基準として「受け手の普通の注意と聞き方ないし読み方」を採用した裁判例 として位置付けられます。これは、名誉毀損の不法行為における「人の社会的評価を傷つける」かどうかの判断について同様の基準を採用する判例(最判昭和31年7月20日民集10巻8号1059頁、最判平成15年10月16日民集57巻9号1075頁)の考え方と関連付けて理解できます。

なお、信用毀損行為における関連論点(競争関係の要件、事実性の要件、虚偽性の判断対象、訴訟提起・告知の正当行為性等)の 網羅的な整理 は、栗田昌裕・名古屋大学教授「『虚偽』の事実─受け手の考慮〔パチスロ機パテントプール事件〕」別冊Jurist No.248『商標・意匠・不正競争判例百選〔第2版〕』113事件、228-229頁 に詳しく扱われています。論点の体系的な理解を求める方は、ぜひ同解説をご参照ください。

4.3 本判決の判断構造

本判決の論理を整理すると以下のフローになります。

信用毀損行為 虚偽性判断のフロー

ポイントは次の3点です。

1. 受け手基準:「虚偽」性は、受け手の普通の注意と聞き方ないし読み方を基準とする
2. 受け手の属性・予備知識考慮:本件のような業界マスコミ・業界誌読者は、一定の予備知識を有する
3. 「直接の聞き手が一般大衆であれば格別」:受け手が一般大衆である場合は別の結論があり得る、という射程の限定が示唆される

4.4 評価的表現と「事実」の関係(判決抜粋の範囲で)

本件で問題となったのは、「異常な会社」「詐欺的行為」等の 評価的表現 です。本判決は評価的表現を含む本件発言について、「具体的な事実を述べていること自体は明らか」であって、「全体として意見ないし論評にすぎないということはできない」と判示し、評価的表現と事実陳述が 混在する場面 での扱いが問題となった事案として位置付けられます。

評価的表現と事実陳述の区別、不競法2条1項21号にいう「事実」概念の解釈、関連裁判例(東京地判平成15年9月30日 判時1843号143頁、東京地判平成17年1月20日、東京地判平成27年9月25日等)については、栗田解説(前掲228頁)に詳しい議論があります。

4.5 実務への示唆 — 本判決の事案から導けるポイント

本判決の事案・判示から、競合企業を批判する発言を記者会見・プレスリリース・業界誌等で行う際に実務上参考になるポイントは以下のとおりです。

(1) 受け手の属性を意識する

本判決は、受け手が業界関係者で予備知識を有する場合 には、評価的表現を含む発言も「Y1の主張を説明したもの」と理解されると判示しました。逆に言えば、直接の聞き手が一般大衆である場合 は、結論が異なる可能性があります。記者会見・プレスリリース等を行う場合、想定する受け手の属性 を念頭に置くことが重要です。

(2) 業界誌掲載・引用形式での留意

本判決は、業界誌の引用形式での掲載について、「係争中の一方当事者の言い分として紹介されているもの」と読まれる場合は虚偽性が否定される余地を示しました。ただし、引用の文脈・記事全体の趣旨 によっては、引用形式でも虚偽性が認められる余地があります。プレスリリース・記者会見の内容が業界誌等に掲載される場合、その後の引用態様にも一定の関心 を持つことが望ましいといえます。

なお、訴訟提起の事実告知に関する正当行為性論や、関連裁判例(ごみ貯蔵機器事件 の権利行使一環説等)との関係については、栗田解説(前掲229頁)および判例百選114事件解説(駒田泰土)に詳しい議論があります。

5. まとめ

本判決から押さえるべきポイントは次の3点です。

1. 本判決は、不競法2条1項21号「虚偽の事実」の判断基準として「受け手の普通の注意と聞き方ないし読み方」を採用した先例 である。受け手の属性・予備知識・状況を踏まえて判断される。
2. 「異常な会社」「詐欺的行為」等の評価的表現も、受け手が業界関係者で一定の予備知識を有する場合は、Y1側の立場説明・係争中の一方当事者の言い分として理解されるにとどまり、「虚偽の事実」に該当しないと判断された。
3. ただし、「直接の聞き手が一般大衆であれば格別」との射程限定が示唆されている。受け手が一般大衆である場合は、結論が異なる可能性がある。

実務上、競合企業を批判する記者会見・プレスリリース・業界誌寄稿を行う場合、想定する受け手の属性、引用態様を意識した発信設計が、後日の紛争予防に直結します。

関連条文・判例・参考文献

条文

  • 不正競争防止法(e-Gov)
  • 第2条第1項第21号(信用毀損行為・虚偽事実陳述流布)
  • 第3条(差止請求権)/第4条(損害賠償)

判例

  • 東京高判平成14年6月26日 平成13年(ネ)第4613号・第5552号 パチスロ機パテントプール事件【判タ1108号280頁・判時1792号115頁登載・LLI/DB判例秘書登載】
  • 東京地判平成13年8月28日 平成12年(ワ)第19078号(第一審)【判タ1095号246頁・判時1775号143頁登載・LLI/DB判例秘書 L05630224】

参考文献

本判決および「虚偽」の事実の判断基準、信用毀損行為に関する関連裁判例、訴訟提起の正当行為性論についての 網羅的な整理 は、次の解説で扱われています。論点の体系的整理に関心のある方は、ぜひ同解説をご参照ください。

  • 栗田昌裕「『虚偽』の事実─受け手の考慮〔パチスロ機パテントプール事件〕」別冊Jurist No.248『商標・意匠・不正競争判例百選〔第2版〕』113事件、228-229頁

その他、参考にできる一次資料として以下があります。

© 虎ノ門法律特許事務所(知財・商法。不正競争防止法サイト)