商標法
2026/02/12

リラ宝塚事件(最判昭和38年12月5日)――「商標は“全部”で見ます。でも“呼ばれ方”が複数あると、部分で負けることがあります」

商標の相談で、よく出てくるのがこの質問です。

  • 「ロゴも付けたし、全体のデザインも違う。だから他社の商標とは別物ですよね?」

  • 「文字の一部が同じでも、全体で見れば違うはずでは?」

結論からいうと、“全体では違う”と思っても、実際の取引で“部分だけで呼ばれる”ことがあるなら、類似(似ている)と判断されることがあります。
その考え方を、最高裁がはっきり示したのが、いわゆる「リラ宝塚事件」です。

この事件は、少し古い判決ですが、今でも「結合商標(図形+文字などの組合せ)」の類否判断で何度も参照されます。商標実務の基本感覚を身につけるのに、非常に良い素材です。

1 事件の概要:なにが争われたのか

(1)どんな商標だったのか

争いになったのは、石鹸を指定商品とする商標です。出願された商標(本願商標)は、大まかにいうと次のような構成でした。

  • 古代ギリシャの抱琴(リラ)を表す図形(竪琴(たてごと)に似た、昔の弦楽器(リラ)の絵)

  • 「宝塚」という文字(中央に読みやすく表示)

  • さらに上下に「リラタカラヅカ」「LYRATAKARAZUKA」といった添記

一方、引用された先行商標(引用商標)は、文字だけの「宝塚」でした。
同じ「石鹸」に使われる場面を想定すると、商標が似ているかどうかは、消費者が「同じ会社の商品かな?」と誤解するおそれがあるか、という観点から決まります。

(2)争点は「全部で見るか、部分で見るか」

本願商標は「図形+宝塚+添記」なので、全体としては「リラ宝塚」などと読めます。
ここで、出願側(原告)は次のように主張します。

  • 商標は全体で識別されるべきです。

  • むやみに一部(宝塚)だけを取り出して比較するのはルール違反です。

  • 本願商標の称呼(呼び方)・観念(意味合い)は「リラ宝塚印」などであって、「宝塚」単独ではありません。

これに対し、特許庁側(被告)は次のように反論します。

  • 「宝塚」の部分は中央に大きく表示され、独立して注意を引きます。

  • 実際の取引では、全体を丁寧に読むとは限らず、目立つ部分だけで呼ばれることもあります。

  • だから本願商標からは「宝塚」という称呼・観念も生じ、引用商標と類似します。

要するに、「商標を全体で見るのが原則」だとしても、実際の取引では“部分だけで呼ばれる”ことがある。それをどう評価するのかが核心です。

2 東京高裁の判断:本願商標から「宝塚印」も生じ得る

まず原審の東京高裁は、出願側の請求(審決取消)を退けました。判断の骨格は次のとおりです。

(1)分離して見るのが「取引上不自然」とまではいえない

裁判所は、本願商標の各要素(図形・文字)が、取引の現場で分離して見るのが不自然なほど、がっちり一体化しているわけではないと考えました。

ここでのポイントは、「図形があるから文字は読まれない」とは限らない、ということです。結合商標でも、構成が強く一体化していなければ、人は文字部分だけを拾って理解する可能性がある、という前提に立っています。

(2)「宝塚」は明確で親しみがあり、図形(リラ)は理解されにくい

次に裁判所は、需要者(一般消費者)の受け止め方として、概ね次の事情を重視しました。

  • リラの図形が「古代ギリシャの抱琴」を表すとしても、一般にそれを“リラ”と理解できる人は多くない

  • 「宝塚」は、言葉としての意味内容が明確で、一般人にも親しまれやすい

  • そして「宝塚」の文字は中央に読みやすく表示され、独立して注意を引く

この結果、裁判所は、本願商標からは「リラ宝塚印」などのほかに、単に「宝塚印」と呼ばれることもあり得ると認定しました。
そして引用商標は「宝塚」なので、称呼・観念が一致する以上、類似すると結論づけたのです。

3 最高裁の判断:複数の“呼び方”があるなら、そのどれかが似ていれば「類似」になり得ます

最高裁は、昭和38年12月5日、第一小法廷判決(昭和37年(オ)第953号)により上告を棄却し、原判決(東京高裁)を維持しました(民集17巻12号1621頁・裁判所HP)。
ただし、この事件が有名なのは、最高裁が次のルールを明確に述べた点にあります。

(1)1つの商標から、2つ以上の称呼・観念が生じることはある

商標は「読み方が1つに決まる」とは限りません。
図形と文字の結合、文字の強弱、配置などによって、複数の呼び方・意味合いが生じることがある、というのが出発点です。

(2)その場合、「ある呼び方」が似ていれば足ります

最高裁は、次の考え方を示しました。

  • 一つの称呼・観念では相手商標と似ていないとしても、

  • 他の称呼・観念が相手商標と似るなら、両商標はなお類似と評価され得る

これが、いわゆる「複数称呼・観念」型の類否判断です。
商標実務の感覚で言い換えるなら、こうです。

商標は原則として全体で判断します。
しかし、現実の取引で“別の呼ばれ方”が成立するなら、その呼ばれ方で混同が起きるかも検討します。
そして、混同の危険がある呼ばれ方が一つでもあれば、商標全体として類似になり得ます。

(3)「部分抽出は原則ダメ」も同時に言っています

誤解しやすいのですが、最高裁は「部分だけで比較してよい」と無条件に言ったわけではありません。
むしろ、商標の一部を抜き出して比べるのは原則として許されないという原則論も確認しています。

では、どこで線を引くのでしょうか。
最高裁のキーワードは、次の表現です。

  • 分離して観察することが取引上不自然と思われるほど不可分に結合しているか

つまり、結合が強くて一体不可分なら、部分抽出は不適切。
一体不可分とまではいえないなら、取引の実情に照らして、部分が生む称呼・観念も考慮され得る、という整理です。

4 この判例が“今でも効く”理由:結合商標の落とし穴は「文字の強さ」です

ここからが、実務上いちばん重要な話です。
この判例が示した危険は、古い事件でも今なお同じ形で起きます。

(1)「ロゴがあるから安心」は危険です

ブランドを作るとき、多くの企業は「図形ロゴ」を付けて差別化しようとします。
しかし、取引の現場で実際に呼ばれるのは、図形よりも文字であることが少なくありません。

たとえば、店頭でこう言われます。

  • 「○○ありますか?」

  • 「○○の石鹸をください」

  • 「宝塚のやつあります?」

この「○○」が、あなたの商標の一部分だけになることがあります。
そして、その部分が他社商標とぶつかると、図形ロゴを付けていても負けることがある。これが本件の核心です。

(2)“意味が明確な言葉”は、支配的になりやすいです

「宝塚」は、一般に意味が通じる言葉で、読みやすい。
こういう文字は、商標の中で支配的(印象に残りやすい中核)になりがちです。

反対に、図形や造語が「見ても意味が分からない」「何と呼ぶか分からない」場合、消費者はそこを呼びません。
その結果、文字部分だけで取引上識別されやすくなります。

(3)中央配置・大きな文字は、より危険です

本件では「宝塚」が中央に読み取りやすく表示されていました。
現代のデザインでも、中央に大きくブランド名を置くのはよくある手法です。しかし、これは裏返すと、その文字が単独で記憶されるということでもあります。

デザインとしては格好よくても、商標リスクとしては「要部化(目立つ部分になってしまう)」が進む場合があるのです。

5 一般の方にも役立つ「チェックリスト」:出願前・使用前にここを見てください

この判例の学びを、現場で使える形に落とすと、次のチェックリストになります。
新しいブランド名・ロゴを作るとき、最低限ここを点検すると、事故が減ります。

チェック1 その商標は、短く呼ぶとどうなりますか?

  • 会社名やブランド名は、短縮されて呼ばれることが多いです。

  • 「正式名」ではなく「略称」が自然に出る場合、その略称が他社商標とぶつかると危険です。

例:「〇〇△△」→ 実際は「〇〇」だけで呼ばれる

チェック2 図形部分は“言葉として”呼べますか?

  • 図形が「何を表すか」一般に理解されるなら、図形も識別力になり得ます。

  • しかし、一般の人が名称を知らない図形は、呼ばれず、記憶されにくいことがあります。

例:抽象図形、マーク、知られていないモチーフ
→ 「あのマークのやつ」ではなく、文字で呼ばれる

チェック3 文字部分は、意味が明確で親しみがありませんか?

  • 意味が通じる地名・固有名詞・有名な語句は、印象に残りやすいです。

  • その文字が中央に大きく出ていると、なおさら支配的になります。

チェック4 「全体で違う」より「呼ばれ方で衝突しないか」を先に見ましょう

商標の事故は、デザインの差ではなく、取引上の呼び方で起きます。
先行商標と衝突するのは、「見た目」よりも「称呼(呼び方)」であることが多いからです。

6 よくある誤解:この判例は「要部だけ見ればいい」という意味ではありません

この事件を、誤って次のように理解してしまうことがあります。

  • 「じゃあ、結合商標はいつでも要部だけで比較されるんだ」

  • 「文字が共通したらアウトで、図形は関係ないんだ」

しかし、そう単純ではありません。
最高裁は、あくまで「原則は全体観察」と言いながら、取引の実情に照らして複数の称呼・観念が生じ得る場合に、そのうちの一つが衝突すれば類似になり得る、と言っています。

逆にいえば、次のような場合は、部分だけで呼ばれる危険が小さくなり得ます。

  • 図形と文字が強く一体化し、分離が不自然

  • 図形自体がよく知られていて、図形でも識別される

  • 文字部分が支配的になりにくい配置・態様になっている

  • 全体として一つの呼び方しか成立しにくい

つまり、どこが“支配的に見えるか”は、商標の作り方次第ということです。

7 まとめ:結合商標で最初に見るべきは「呼ばれ方の分岐」です

リラ宝塚事件が教える実務上の教訓は、次の一点に集約できます。

  • 商標は全体で見るのが原則です。

  • ただし、結合商標は、現実の取引で“呼ばれ方”が複数生じることがあります。

  • そのうちの一つが先行商標と衝突するなら、商標全体として類似と判断され得ます。

  • とくに、意味が明確で読みやすい文字が中央に目立つ態様で置かれていると、単独で呼ばれやすく、リスクが高まります。

ブランド作りでは、どうしても「デザイン」や「世界観」に意識が向きます。
しかし、商標の安全性を左右するのは、意外と地味な「呼び方」です。

「この商標、店頭では何と呼ばれるだろう?」
「短く言うとどこが残るだろう?」

この問いを最初に置くことが、結合商標トラブルを避ける近道です。

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