不正競争防止法
2026/09/21

ブルーレイディスク事件(東京地判平成27年2月18日)——標準必須特許による取引先への警告と「虚偽の事実の告知」

はじめに——「取引先への警告状」が不正競争になるとき

特許権を侵害していると考える相手方の取引先に対し、「この製品の販売は特許権侵害です」と通知する。特許権者にとっては権利行使の一手段ですが、通知を受けた取引先が取引を控えれば、相手方は市場から締め出されかねません。そのため、不正競争防止法は、競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知・流布を不正競争としています。
本記事で取り上げるブルーレイディスク事件(東京地判平成27年2月18日・平成25年(ワ)第21383号、判決文PDF・裁判所ウェブサイト)は、ブルーレイディスク(BD)の標準必須特許を一括管理するパテントプール団体が、ディスク販売会社の取引先である家電量販店に警告の通知書を送ったことが問題になった事件です。標準必須特許に基づく差止めの可否という特許法の論点と、警告が営業誹謗になるかという不正競争防止法の論点が交差する判決として注目されました。
この記事では、①営業誹謗行為と標準必須特許・FRAND宣言の基礎、②事件の経緯、③裁判所の判断、④実務上のポイント、を解説します。

前提知識——営業誹謗行為とFRAND宣言

  • 虚偽の事実の告知・流布(営業誹謗行為):競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、または流布する行為は不正競争に当たります(不正競争防止法2条1項21号。判決当時は同項14号)。差止め(3条)と、故意・過失がある場合の損害賠償(4条)の対象になります。
  • 特許侵害警告と営業誹謗:特許権者が相手方の取引先に侵害を警告し、後にその製品が非侵害であったり特許が無効であったりすると、警告は虚偽の事実の告知に当たり得ます。特許権の正当な行使と認められる行為には不正競争は成立しませんが、権利の濫用と認められる行為には成立し得ます。
  • 標準必須特許とFRAND宣言:BDのように業界標準となった規格に準拠した製品を作ると必ず使うことになる特許を、標準必須特許といいます。標準化団体は、必須特許の権利者に対し、公正・合理的・非差別的な条件(FRAND条件)でライセンスする意思を宣言させるのが通例で、この宣言をFRAND宣言といいます。
  • Apple対Samsung大合議決定:知財高裁の大合議部は平成26年5月16日、FRAND宣言をした特許権者による差止請求権の行使について、相手方がFRAND条件でライセンスを受ける意思を有する者であることが主張立証された場合には権利の濫用に当たり許されない、との判断枠組みを示しました(知財高決平成26年5月16日・平成25年(ラ)第10007号・第10008号)。本判決はこの枠組みを前提にしています。

FRAND宣言から虚偽事実の告知までの判断構造

事案の概要

原告は、「TDK」ブランドのBDを販売する日本法人(イメーション株式会社)です。被告は、BDの標準必須特許を保有するソニー・パナソニックなど15社の委託を受けて、パテントプールを管理・運営する米国法人(ワン・ブルー)です。これらの特許権者は、標準化団体の定款に基づきFRAND宣言をしていました。被告自身は製品を製造販売せず、FRAND宣言もしていません。
原告の米国親会社と被告は、2012年(平成24年)からライセンス交渉を続けていました。被告はBD-R1枚あたり0.1075米ドルなどの実施料を提示し、親会社は「公正で合理的とはいえない」としつつ「支払う意思はある」と述べて売上原価の3.5%を対案として示し、算定根拠の資料開示を求めましたが、被告は個別交渉には応じないという姿勢でした。
平成25年6月4日、被告は原告の取引先である家電量販店3社に対し、ライセンスを受けていない「TDK」ブランド等のBDの販売は特許権侵害を構成し、特許権者は差止めと損害賠償を請求する権利を有する、2週間以内に回答がなければ断固たる法的措置を講じざるを得ない、という内容の通知書を送付しました(本件告知)。原告は、この通知が虚偽の事実の告知に当たるとして、告知・流布の差止めと1億1000万円の損害賠償を求めて提訴しました。
ブルーレイディスク事件の当事者関係

争点

  1. 本件告知は、不正競争防止法2条1項14号(当時)の「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実」の告知に当たるか。とくに、被告に「競争関係」があるか、原告の名前がない通知が原告の「営業上の信用を害する」か、差止請求権があるという記載が「虚偽の事実」か、正当な権利行使として違法性が阻却されるか
  2. 差止めの必要性
  3. 損害賠償請求の可否(故意・過失の有無)

裁判所の判断

争点1:競争関係と営業上の信用

被告は自らBDを販売していませんが、裁判所は、被告が競業者である特許権者らの委託を受けて告知を行った以上、「競業者である被告プール特許権者のいわば代理人的立場にある者として,原告との間に競争関係を認めることができ」るとしました。
また、通知書には原告の名称はありませんでしたが、「TDK」ブランドのBDの納入業者が原告であることから、通知を受けた小売店は原告が他人の特許権を侵害して製品を納入したと認識するとして、次のように述べました。

「本件告知に接した小売店は,原告製品の納入業者である原告が他人の特許権を侵害して原告製品を小売店に譲渡したものと認識し,原告の営業上の信用を低下させるものと認められる。」

差止めの対象になる行為だと摘示することは、単にFRAND条件の範囲で損害賠償の対象になるという摘示に比べて、いっそう信用を低下させる、という点も指摘されています。

争点1:差止請求権の行使が権利濫用なら、その告知は「虚偽の事実」

裁判所は、大合議決定と同じ考え方に立ち、標準必須特許の権利者はFRAND条件の対価を得られる限り差止めによる独占状態を維持する必要性は高くないとして、次のように述べました。

「必須宣言特許についてFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者に対し,FRAND宣言をしている者による特許権に基づく差止請求権の行使を許すことは,相当ではない。」

そのうえで、原告側が実施料率について具体的な対案を示し、算定根拠の開示を求めて交渉を続けていた経緯から、原告はFRAND条件でライセンスを受ける意思を有する者であると認定しました。実施料率で大きく対立していても、ライセンスを受ける意思がないとはいえない、という判断です。原告にライセンスを受ける意思がある以上、原告の製品を販売する小売店に対する差止請求権の行使も権利の濫用になります。そして、次の一文が本判決の核心です。

「差止請求権の行使が権利の濫用として許されない場合に,差止請求権があるかのように告知することは,「虚偽の事実」を告知したものというべきである。」

裁判所は、特許法104条の3が設けられる前に無効事由のある特許権の行使が権利濫用とされていた時代(キルビー事件・最判平成12年4月11日・民集54巻4号1368頁、判決文PDF・裁判所ウェブサイト)にも、そのような特許権に基づく侵害警告は虚偽の事実の告知と解されていたことと整合する、と付け加えています。

争点1:正当な権利行使という違法性阻却の主張

被告は、本件告知は正当な権利行使であり違法性が阻却されると主張しました。裁判所は、特許権の正当な行使には不正競争は成立しないが、権利の濫用と認められる行為には成立するとしたうえで、次のように述べてこの主張を退けました。

「無効事由のある特許権の行使や,FRAND宣言に違反するような特許権の行使は,権利行使の場面においては権利の濫用と認められるのであるから,不正競争の成否の場面においても,同様の基準の下で権利の濫用と認め,不正競争の成立を妨げないものと解するのが相当であり,告知に至る経緯において権利者を保護すべき事情については,差止めの必要性や故意過失の判断に際して考慮すれば足りるというべきである。」

争点2:差止めの必要性

被告は本件告知の後、同種の告知をしていませんでしたが、裁判所は、被告が過去に不正競争を行い、本訴でその該当性を争っている以上、今後同種の告知がされれば原告の営業上の利益が侵害されるおそれがあるとして、日本の特許権に基づく差止請求権があるという告知・流布の差止めを認めました。なお、判決は、口頭弁論終結後に原告がライセンスを受ける意思を失うなどの事情の変化があれば、被告は請求異議の訴えによって差止判決の既判力を排除できる、と付言しています。

争点3:損害賠償は故意・過失なしとして棄却

損害賠償については、裁判所は被告に故意も過失もなかったと判断しました。本件告知は平成25年6月であり、権利濫用の枠組みを示した大合議決定はその約1年後の平成26年5月です。告知の時点で存在した地裁の裁判例は特許権者の誠実交渉義務違反を重視するものであり、大合議決定に先立つ意見募集でも法律構成や判断基準について意見が分かれていました。裁判所は次のように述べています。

「本件告知の時点において,相手方がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有するということをもって,直ちに差止請求権の行使が許されないと解することが,確立した法的見解であったということはできないのであるから,被告は,被告プール特許権者の小売店に対する差止請求権の行使が権利濫用として制限され,本件告知が虚偽の事実の告知となることを,本件告知の時点では知らなかったものであり,そのことにつき過失もなかったと認めるのが相当である。」

民法709条に基づく請求も、同じ理由で否定されました。結論として、日本の特許権に基づく差止請求権があるという告知・流布の差止めの限度で請求が認容され、損害賠償請求は棄却されました。
ブルーレイディスク事件の争点と裁判所の判断

判決の意義と射程

第1に、権利濫用の判断を不正競争の場面に持ち込み、「差止請求権を行使できないのに、行使できるかのように告げること」自体を虚偽の事実の告知と位置づけた点です。無効な特許に基づく警告についての従来の理解を、FRAND宣言された標準必須特許に拡張したものといえます。
第2に、違法性阻却と故意・過失を切り分けた点です。特許侵害警告が営業誹謗に当たるかをめぐっては、警告が正当な権利行使の一環といえるかを諸般の事情から判断して違法性を否定する裁判例(東京高判平成14年8月29日・判時1807号128頁〔ビデオテープ特許営業誹謗事件控訴審〕、判決文PDF・裁判所ウェブサイトなど)と、営業誹謗に当たることを前提に損害賠償の場面で調査義務違反の有無を問う裁判例があります。本判決は、権利濫用の有無の判断で交渉経緯を考慮済みであることから前者の構成をとらず、権利者を保護すべき事情は差止めの必要性や故意・過失で考慮すれば足りるとしました。差止めを認めつつ賠償を否定するという結論の分かれ方は、この構成の帰結です。
第3に、「その後の判例の展開」を過失を否定する事情として用いた点です。告知の時点で確立していなかった法理を根拠に責任を問うことはできない、という考え方は、法状況が流動的な分野での警告一般に応用できる視点です。

実務への影響・ポイント

  • 警告を出す側(特許権者・管理団体):相手方本人ではなく取引先に警告する場合、警告の効果が大きい分、営業誹謗のリスクも大きくなります。標準必須特許でFRAND宣言をしている場合、相手方がライセンス交渉に応じている限り、差止めを前提にした警告は避けるべきです。損害賠償の対象になるという範囲にとどめる、警告前に非侵害・無効の可能性を調査する、といった対応が求められます。本判決は過失を否定しましたが、大合議決定後の現在では同じ結論は期待できません。
  • 警告を受けた側(販売会社):取引先への警告を受けた場合、不正競争防止法に基づく差止め(仮処分を含む)が対抗手段になります。本件のように、実施料の対案を示し、算定根拠の開示を求めるなど、ライセンスを受ける意思を交渉経過として記録しておくことが、権利濫用の主張を支える証拠になります。
  • 取引先(小売店等):警告を受けても直ちに取引を停止するのではなく、納入業者に事情を確認することが重要です。本件の量販店は、通知を受けて納入業者に問い合わせています。

まとめ

ブルーレイディスク事件は、FRAND宣言をした標準必須特許の管理団体による取引先への警告について、差止請求権を行使できないのに行使できるかのように告知することが「虚偽の事実の告知」に当たるとし、告知の差止めを認めた判決です。他方、告知時点では権利濫用の法理が確立していなかったとして、損害賠償は否定しました。特許権に基づく警告、とりわけ取引先を名宛人とする警告を出す側にも受ける側にも、判断の枠組みを示す重要な先例です。

出典・参考判例

参考文献

  • 大阪弁護士会友新会編『最新 不正競争関係判例と実務〔第3版〕』(民事法研究会、2016年)458〜464頁
  • 小野昌延・松村信夫『最新 不正競争防止法概説【下巻】』(青林書院、2025年)159〜162頁
  • 髙部眞規子『実務詳説 不正競争訴訟〔第2版〕』(金融財政事情研究会、2025年)49頁、62頁、314〜315頁

免責事項

本記事は、裁判所ウェブサイトで公開されている判決情報および一般的な法律情報に基づく一般的な情報提供であり、個別の事案に対する法的アドバイスではありません。実際の対応にあたっては、必ず弁護士にご相談ください。

弁護士・弁理士 大熊裕司

この記事の執筆・監修

虎ノ門法律特許事務所 代表
弁護士・弁理士 大熊 裕司

第一東京弁護士会所属(登録番号:37803)・日本弁理士会所属。商標・不正競争防止法をはじめとする知的財産紛争に注力し、警告書対応から審判・訴訟まで一貫して取り扱う。

© 虎ノ門法律特許事務所(知財・商法・不正競争防止法サイト)