商標法
2026/08/12

無効審判は何度まで挑戦できるか――一事不再理と「同一の事実及び同一の証拠」を判断した図形eiji事件・知財高裁判決

はじめに

商標登録の無効審判で敗れた後、証拠を差し替えてもう一度無効審判を請求する――これはどこまで許されるのでしょうか。特許法167条(商標法56条1項で準用)は、確定審決の登録後は「同一の事実及び同一の証拠」に基づく再度の審判請求を禁じています(一事不再理)。
株式会社明治が、「eiji」の文字と図形からなる登録商標に対して2度目の無効審判を仕掛けた図形eiji事件・知財高判平成26年2月5日(平成25年(行ケ)第10127号・審決取消請求事件)・判決文PDF・裁判所ウェブサイトは、再請求を適法と認めつつ(一事不再理に反しない)、実体判断では明治の主張を退けました。
「新しい証拠」といえるための基準――形式的に別の証拠なら足りるのか、実質的な新規性が必要なのか――を明示した、審判実務の重要判例です。

前提知識の整理

  • 一事不再理(改正前特許法167条・商標法56条1項):審決が確定し登録されたときは、何人も「同一の事実及び同一の証拠」に基づいて再度の審判を請求できません。本件は平成23年改正前の規定の事案で、当時は確定審決の効力が「何人も」に及んでいました(改正後は当事者・参加人に限定)。
  • 無効審判の反復:無効審判に回数制限はありませんが、一事不再理により、同じ主張・同じ証拠での蒸し返しは封じられます。実務では「証拠を追加すれば再請求できるのか」が常に問題になります。
  • 4条1項11号・15号:本件の実体的な無効理由は、明治の著名商標「Meiji」「明治」との類似(11号)と出所混同のおそれ(15号)でした。

事案の概要

対象となった商標は、明治パン株式会社の代表取締役Yが保有する登録商標(第30類「学校給食用の菓子及びパン」)。赤系の三つの半円をドーム状に組み合わせた図形の下に、青色の二つのだ円をハート型に重ねた図形と「eiji」の文字を並べた構成です。この図形部分が「M」に見えれば、全体は「Meiji」……という争いです。
本件商標(判決文本文より)
※画像は判決文PDF(裁判所ウェブサイト)本文より引用
株式会社明治(旧明治製菓の承継会社)は、平成20年に4条1項11号・15号を理由とする第一次無効審判を請求しましたが不成立となり確定。その後、不使用取消審判とその取消訴訟(いずれも明治側敗訴)を経て、平成24年、新たな証拠を加えて再度の無効審判(本件審判)を請求しました。特許庁は「同一の証拠とはいえない」として審判を適法としたうえで、実体判断でも非類似として不成立審決。明治が取消訴訟を提起したのが本件です。
被告側は、本件審判請求は一事不再理に反し不適法だと主位的に主張し、攻守が入り混じる構図になりました。
事件の経緯(二度の無効審判と一事不再理)

争点と裁判所の判断

一事不再理の趣旨と、当事者同一の場合の考え方

裁判所はまず、規定の趣旨を確認します。

「改正前特許法167条を準用した改正前商標法56条1項の趣旨は,商標権者における応訴の繰返しによる煩わしさを避けるとともに,訴訟経済の観点から蒸し返し請求を防止し,無効審判をする者の利益と商標権の安定を図る点にある」

そのうえで、本件の請求人(明治)が第一次審判の請求人(明治製菓)の承継人であり「実質的に前件と当事者が同一である」ことから、

「第三者による再度の審判請求の場合と比較してみると,相対的には,蒸し返し請求防止の要請がより重視され,事実や証拠の同一性についてある程度緩和して解釈されてもやむを得ないというべきである。」

としました。同じ当事者による再請求は、より厳しい目で見られるということです。

「新たな証拠」の基準――形式ではなく実質

本判決の核心はこの規範です。

「新たな「証拠」に基づく適法な審判請求といえるためには,形式的に第一次無効審判請求で提出されたものと異なる証拠が提出されてさえいれば許されることとなるわけではなく,新たに提出された証拠が,実質的に見て,これまでの無効原因を基礎付ける事情以外の新たな事実関係を証明する価値を有する証拠といえる必要があるというべきである。」

証拠の「枚数」や「番号」が変わっても、立証する事実関係が同じなら一事不再理に触れる。逆に、新たな事実関係を証明する価値のある証拠なら再請求は適法――。本件では、図形部分が「M」と認定できるかに関わる証拠や、商標のデザイン経緯・実際の使用態様(名刺や納品書での使用状況)を明らかにする証拠が追加されており、「新たな事実関係を証明する価値を有する証拠」に当たるとして、審判請求は適法とされました。

実体判断――ハート型の図形は「M」ではない

もっとも、中身では明治の主張は退けられます。問題の図形について裁判所は、下端から斜め上に線が延びる形状のため「むしろ「W」に近いデザインが感得される」としつつ、「W」の特徴も欠くとして、

「本件図形は,二つのだ円がハートのような形状で重なり合っているデザインにすぎないというべきであり,特定の文字や記号,特定の意味を持つ符号と結び付けることは困難といえる。したがって,本件商標について「メイジ」の称呼が生じるものとは認められず,右側の「eiji」をもって「エイジ」の称呼が生じ」る

と判断しました。「エイジ」と「メイジ」は相紛れず非類似(11号非該当)。周知著名な「Meiji」との混同のおそれ(15号)も、類似性が否定される以上認められないとされ、請求は棄却されました。
なお、商標権者側の社内では本件商標が「メイジ」の称呼で作成・使用されていると推測されるとの認定もありますが、裁判所は商標の客観的な称呼は需要者の認識を基準とすべきものとし、内部的な意図に左右されないとしています。
一事不再理と実体判断の構造

実務への影響・ポイント

第1に、再度の無効審判の設計図を示したことです。再請求を適法にするのは、証拠の「差替え」ではなく「新たな事実関係」です。初回審判と同じ争点(類否)でも、前回は立証されていなかった事実(使用態様・取引の実情・図形の認識のされ方等)を証明する証拠であれば、門は開きます。再請求を検討する際は、この証拠は前回の無効原因を基礎づけた事情と何が違う事実を証明するのか、を一文で説明できるかがテストになります。
第2に、初回審判での証拠の出し惜しみは致命傷になり得ることです。一事不再理(とその実質的同一性判断)がある以上、勝負どころの審判では、使える証拠を初回に尽くすのが原則です。本件の明治は再請求こそ認められましたが、6年越しの手続の末に実体で敗れています。
第3に、平成23年改正後の位置づけです。現行法では確定審決の第三者効が廃止され、一事不再理は「当事者及び参加人」にのみ及びます。しかし当事者間では本判決の「実質的同一性」の考え方が引き続き妥当し、後続裁判例にも影響を与えています。
第4に、図形の「文字への読み込み」の限界です。図案化された図形をアルファベットと同視させる主張は、需要者が「容易に」その文字と認識できることが必要です。デザインの解釈が分かれる図形(本件ではM説とW説が対立)は、文字としての称呼の根拠にできません。

まとめ

  • 一事不再理の「同一の証拠」該当性は、形式的な証拠の異同ではなく、実質的に見て新たな事実関係を証明する価値を有する証拠かどうかで判断される
  • 同一当事者(承継人を含む)による再請求では、蒸し返し防止の要請から同一性がある程度緩やかに(再請求に厳しく)解釈される
  • 本件の再請求は新証拠により適法とされたが、実体判断では、ハート型図形は「M」と認識できず「エイジ」の称呼のみ生じるとして、非類似・混同のおそれなしとされた
  • 無効審判は初回に証拠を尽くすのが原則。再請求は「新たな事実関係」を証明できる場合の例外的な手段

出典・参考判例

参考文献

  • 小林十四雄編集代表/末吉亙・西村雅子・大塚一貴・三山峻司編著『商標の法律実務――重要判例分析』(中央経済社・2023年)376〜382頁
  • 小野昌延原著・三山峻司改訂『新・商標法概説〔第4版〕』(青林書院・2025年)571頁

※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、弁護士にご相談ください。

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