はじめに
商標権侵害の損害賠償では、侵害者が侵害品の販売で得た「利益」の額を権利者の損害額と推定する商標法38条2項が主戦場になります。このとき、売上からどの経費を控除できるのか。そして、侵害商標以外の要素(別ブランドの表示等)が売上に貢献していた場合、どこまで減額されるのか。
ドイツ産ノンアルコールビール「プロシュテル ピュアアンドフリー」を巡るPURE&FREE事件・大阪地判平成26年3月27日(平成24年(ワ)第13709号・損害賠償等請求事件)・判決文PDF・裁判所ウェブサイトは、この2つの問いに数字で答えた判決です。裁判所は、変動費のみの控除を認め、「PROSTEL」商標の寄与を理由とする減額を30%にとどめて、197万0457円の賠償を命じました。
売上542万円→利益281万円→減額後197万円という計算過程が判決文で完全に追える、38条2項の実務教材として貴重な事例です。
前提知識の整理
- 商標法38条2項:侵害者が侵害行為により受けた「利益の額」を権利者の損害額と推定します。「利益」は、売上からその販売に直接要した経費(変動費)を控除した限界利益と解するのが裁判例の主流です。
- 経費控除の立証責任:控除すべき経費の存在と負担は、控除を主張する侵害者側が立証する必要があります。
- 寄与度減額(推定の一部覆滅):侵害商標以外の要因(別ブランド・商品自体の魅力等)が利益に貢献している場合、その分について推定が覆滅され、減額されます。
事案の概要
原告・パナバックは、飲料の輸入販売業者で、「PRIME SELECT/プライム セレクト」(本件商標1)、「ピュアアンドフリー/PURE AND FREE」(本件商標2)、「PROSTEL」(本件商標3)の商標権者です。平成14年以降、外国産ノンアルコールビールを継続的に輸入販売してきました。
被告・德岡は酒類等の卸小売業者。もともと原告がドイツのカイザードーム社に発注したノンアルコールビールを、原告が受領しなかったため、同社からの要請を受けて7110カートン(約17万缶)購入しました。被告は、缶の側面表示部分に輸入者を被告とするシールを、梱包ケースにも被告名のシールを貼付したうえで、5130カートンを店舗・卸・通販で販売しました(販売期間は約3か月余りで、原告の警告後に販売を中止しています)。
原告は商標権侵害に基づき損害賠償(請求拡張後943万2959円)と信用回復措置を請求しました。

争点と裁判所の判断
侵害の成否――シールで隠した商標は「使用」でない
裁判所は、被告商品の販売が本件商標1(PRIME SELECT)・2(ピュアアンドフリー)の侵害に当たることを認めました。他方、梱包ケースの「PROSTEL」表示(本件商標3と同一)については、
「被告が被告商品を販売するに際しては,同標章部分にシールが貼付され,需要者が視認することはできない状態にあったのであるから,シールを貼付した後は,同標章を使用したとはいえない。」
として侵害を否定しました。需要者が視認できない標章は「使用」にならない――薬剤分包事件やトナーカートリッジ事件の打消表示論とは逆方向で、表示を完全に隠せば侵害を構成しないことを示した判断です。
経費控除――変動費は認める、負担不明の費用は認めない
38条2項の計算で、裁判所はまず売上542万4666円と仕入152万1307円を確定し、追加の控除については「売上数量に伴って変動する性質のもの」という基準で仕分けました。
控除を認めたもの(計108万8421円):①シール製作代金12万5661円(販売分5130カートンへの按分)、②シール貼付作業代金77万9760円、③通販分の国内配送料18万3000円(送料込み価格だったため)。
控除を認めなかったもの:輸入関連費用(コンテナ運送料・通関手数料等)は「売主と買主のいずれが負担するかは両者間の合意内容による」ため被告の負担が立証されていないとして否定。保管料等も直接の証拠がなく否定。そして、売れずに積み戻した1980カートン分の費用は、「実際に販売して収入を得た被告商品5130カートン分に要した費用ではない」として明快に否定しました。売れなかった分のコストを売れた分の利益から引くことはできない、という整理です。
寄与度減額――「PROSTEL」の貢献は30%まで
被告は、商品識別の主役は「PROSTEL」の文字商標であり本件商標1・2の寄与は極めて小さいとして、大幅減額を主張しました。裁判所は、缶の「PROSTEL」表示に®マークが付され商標的に使用されており「相応の識別力を有している」こと、原告自身も「プロシュテル ピュアアンドフリー」の商品名で宣伝していたことから、「一定の寄与度減額をすべき必要性は否定できない」と認めます。
しかし、
「「PROSTEL」の商標が,日本の需要者の間で広く認知されていたことを認めるに足りる証拠はなく,その需要喚起の程度は定かではない。一方……被告商品において,正面中央に最も大きく,目立つ態様で商標的に使用されているのは,「PROSTEL」の文字標章ではなく,被告標章2である。」
とし、原告が平成14年以降7種類の外国産ノンアルコールビールに一貫して「PRIME SELECT」を付しており相応の認知度があったことも踏まえて、「大幅な減額をすべきではなく,30%の減額が相当である」と結論づけました。
計算はこうです。利益281万4938円(542万4666円−152万1307円−108万8421円)×70%=197万0457円。なお、38条1項(権利者の単位利益×譲渡数量)での計算も検討されましたが、同じく30%減額が避けがたく164万5252円にとどまるため、より高額な2項の額が採用されました。
値下げ損害・信用回復措置は否定
被告の販売により取引先向け単価を下げざるを得なかったとする損害は、因果関係の立証不足で否定。謝罪広告等の信用回復措置も、被告が警告後「比較的短期間に被告商品の販売を中止したこと」等から必要性なしとされました。

実務への影響・ポイント
第1に、経費控除の攻防は「変動費性」と「負担の立証」で決まることです。侵害者側は、控除したい費用について、①売上数量に連動する性質であること、②自らが現実に負担したことを、契約書・請求書レベルで立証する必要があります。「一般にかかる費用のはず」では通りません。権利者側は逆に、負担の立証がない費用の控除を争うべきです。
第2に、売れ残り・返品分のコストは控除できないことです。積み戻し分の費用の控除を明快に否定した判示は、在庫処分を伴う侵害事案での計算実務に直結します。
第3に、寄与度減額の相場観です。別ブランドが併記されていても、①その周知性の立証がなく、②侵害商標の方が目立つ表示態様であれば、減額は限定的(本件30%)にとどまります。減額を主張する側は、併記ブランドの認知度の証拠(売上・広告・調査)まで揃える必要があります。松田さとみ「商標法38条2項の推定覆滅事由の分析」も本件を30%減額の代表例として分析しています。
第4に、標章を隠す措置の意味です。シールで完全に覆い需要者が視認できなくした標章は「使用」に当たらないとされました。もっとも、これは隠した商標(本件商標3)についての判断であり、缶正面に残った標章の侵害は免れていません。中途半端な打消表示では足りず(薬剤分包事件参照)、隠すなら完全に、が教訓です。
まとめ
- 発注拒否された真正商品を引き取って販売した行為につき、缶正面の標章について商標権侵害が成立し、シールで完全に隠した標章については「使用」に当たらないとされた
- 38条2項の利益算定では、売上に連動する変動費(シール製作・貼付・通販配送料)のみ控除が認められ、負担の立証がない輸入諸費用や積戻し分の費用は否定された
- 「PROSTEL」商標の寄与を理由とする減額は、周知性の立証がなく表示態様でも劣後するとして30%にとどめられた
- 認容額197万0457円に至る計算過程が完全に追える、38条2項実務の教材的判決
出典・参考判例
- 大阪地判平成26年3月27日(平成24年(ワ)第13709号・損害賠償等請求事件) 判決文PDF・裁判所ウェブサイト
参考文献
- 小林十四雄編集代表/末吉亙・西村雅子・大塚一貴・三山峻司編著『商標の法律実務――重要判例分析』(中央経済社・2023年)367〜375頁〔大向尚子〕
- 松田さとみ「商標法38条2項の推定覆滅事由の分析」知財ぷりずむ15巻180号(2017年)43頁・46頁
- 小野昌延原著・三山峻司改訂『新・商標法概説〔第4版〕』(青林書院・2025年)316頁・363頁
※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、弁護士にご相談ください。