はじめに
ライブ配信を無断で録画・保存され、その映像を別の裁判手続で使われた。顧客にも不当なダイレクトメッセージ(DM)を送られた——ライブ配信プラットフォーム「ピースユー」で配信・販売事業を営む株式会社Pure White(以下「Pure White」といいます)がそう主張して、個人である被告Aに384万円の損害賠償を求めた事件があります。
ところが裁判所は、録画やDM送信が違法かどうかにも、損害がいくらかにも判断を示さないまま、請求を棄却しました。決め手になったのは、その約8か月前に別の事件で結んでいた和解に置かれていた、たった1つの条項——清算条項です。
つまり本判決は、Pure Whiteの言い分が中身の審理を経て否定された事案ではありません。清算条項という入口の論点だけで結論が出たため、そもそも中身に立ち入らずに終わった事案です。この違いは、本判決から教訓を引き出すうえで決定的に重要です。
本記事では、大阪地方裁判所令和8年(2026年)6月11日判決・令和8年(ワ)第1987号 損害賠償請求事件(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)を素材に、示談や和解の「清算条項」が実務上どこまでの射程を持つのか、そして紛争がまだ残っている当事者が和解の席で何を確認しておくべきかを整理します。ネットトラブル・配信トラブルの示談交渉に関わる方に、直接効いてくる論点です。
なお、本判決は裁判所ウェブサイト上「著作権」に分類されていますが、判決文に著作権法の条文や著作権侵害の主張・判断は現れません。本件は不法行為または債務不履行に基づく損害賠償請求事件です。

▲ 図1 当事者の関係と3つの訴訟(図中の「原告」がPure White、「被告」がAです)
前提知識の整理
本判決を読むために必要な概念を、先に押さえておきます。
- 和解:当事者が互いに譲り合って争いをやめる合意です(民法695条)。裁判外の示談も、訴訟上の和解も、この構造は共通しています。
- 清算条項:和解書・示談書の末尾に置かれるのが通例の条項で、「ここに定めたもののほか、当事者間に債権債務が存在しないことを相互に確認する」という趣旨を定めます。いったん解決した紛争を後から蒸し返させないための「フタ」として機能します。
- 包括的清算条項と限定的清算条項:清算の範囲に限定を付さず、当事者間のあらゆる権利義務関係を対象とするものを包括的清算条項、「本件に関し」といった文言で対象を当該紛争(訴訟物となっている法律関係)に絞るものを限定的清算条項と呼び分けます。実務書でも、別の紛争が顕在化している場面等では後者を選ぶべきだと説かれています(三山ほか・後掲254頁)。
- 不法行為・債務不履行:権利・法律上保護される利益を違法に侵害した場合の責任が不法行為(民法709条)、契約上の義務に違反した場合の責任が債務不履行(民法415条)です。本件でPure Whiteはこの両方を根拠にしていました。
- 「その余の点について判断するまでもなく」:ある1つの理由で結論が決まるため他の争点には立ち入らない、という意味の定型表現です。その他の争点について裁判所の評価が示されたわけではありません。
事案の概要
原告のPure Whiteは、ライブ配信プラットフォーム「ピースユー」上のアカウントを通じて配信・販売事業を営む会社です。被告Aは個人で、BはPure Whiteの従業員です。
判決文はA・Bおよび原告代表者を符号で表記しているため、本記事でも符号のまま表記します。また、以下の判決文の引用部分と図の中では、Pure Whiteが「原告」、Aが「被告」と表記されています。
出来事の順序は次のとおりです。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 令和4年末〜令和5年6月 | BからAが購入した商品に不具合があったとされる |
| 令和5年10月 | Pure White設立。Bの事業をPure Whiteが行うようになり、BはPure Whiteの従業員に |
| 令和5年11月 | A(被告)がBに対し代金返還・損害賠償を求める訴訟を提起(別件訴訟1) |
| 令和6年5月頃〜7月頃 | BがPure Whiteのアカウントページで別件訴訟1に関する情報をライブ配信(本件配信) |
| 令和6年6月12日 | 別件訴訟1で、AのBに対する請求を一部認容する判決 |
| 令和7年3月 | Aが判決確定後、Bに対する債権差押命令を申立て |
| 令和7年5月 | Bについて破産手続開始 |
| 令和7年7月 | Aが、本件配信の一部でBがAを誹謗中傷したとして、B・Pure White・同社代表者に損害賠償請求訴訟を提起(別件訴訟2) |
| 令和7年8月 | 別件訴訟2のうちBに対する訴えを取下げ/AがBの破産手続に免責意見書を提出(本件配信のスクリーンショット・音声反訳書を添付) |
| 令和7年10月30日 | 別件訴訟2で、AとPure White・同社代表者との間に和解成立(別件和解) |
| 令和8年1月15日 | 本件訴状送達(遅延損害金の起算日) |
| 令和8年6月11日 | 本判決言渡し(請求棄却) |

▲ 図2 時系列——問題とされた行為は、すべて「別件和解」より前
別件和解の内容は、Pure Whiteおよび同社代表者がAに和解金15万円を連帯して支払うこと、AがPure White側のライブ配信にコメントを送付する等の直接接触をしないこと、Pure White側がAに本件の経緯について謝罪すること等でした。そして、次の清算条項(別件清算条項)が置かれていました。
「原告(本件における被告)と被告ら(本件における原告及び原告代表者)は、原告と被告らとの間には、本和解条項に定めるもののほか、何らの債権債務のないことを相互に確認する。」
その約2か月半後、Pure WhiteはAに対して本件訴訟を提起します。Pure Whiteが問題としたのは、①本件配信映像の無断録画・保存とBの破産手続資料等への複数回にわたる利用、②同社の顧客に対する不当なDM送信の2点で、いずれも同社アカウントの利用規約に違反し不法行為を構成する、という主張でした。Pure Whiteが主張した損害の内訳は次のとおりです。これはあくまでPure White側の主張であって、裁判所が認定した金額ではありません。
| 費目(Pure Whiteの主張) | 金額 |
|---|---|
| ア 無断録画および配信映像の使用による信頼失墜・営業損害 | 300万円 |
| イ 録画行為に起因する配信停止および売上減少等の実損 | 64万円 |
| ウ 顧客への不当なDM送付による信用毀損・顧客離脱損害 | 20万円 |
| 合計 | 384万円 |
争点
本判決が挙げた争点は3つです。
- Aが本件配信を録画・保存したことの不法行為ないし債務不履行該当性
- Pure Whiteの損害の有無および額
- 本件損害賠償請求権が別件清算条項により消滅したか
争点1について、Aは、Pure Whiteの許諾なく録画・保存し自己の訴訟資料として複数回利用した事実そのものは認めたうえで、それが不法行為ないし債務不履行を構成するという評価を争いました。争点3については、Aが和解成立時点までの紛争はすべて解決済みだと主張したのに対し、Pure Whiteは、本件訴えは別件訴訟2の対象とは別個の紛争に基づくものであり清算条項の効力は及ばない、と反論しています。
裁判所の判断
裁判所は、まず「事案の性質に鑑み、争点3から判断する。」と述べ、清算条項の問題から入りました。
(1) 包括的清算条項の解釈
「別件清算条項は「本件に関し」といった限定を付さない包括的清算条項であり、その文言上、あらゆる債権債務を清算の対象とする趣旨であると解されるところ、同文言上の解釈と異なる意味に解すべき特段の事情は見当たらないのであって、したがって、別件清算条項は、別件和解成立時に原告と被告との間に存在するあらゆる債権債務を清算の対象とするものと解するのが相当である。」
出発点は文言です。「本件に関し」という限定がない以上、原則として和解成立時に存在するすべての債権債務が対象になり、これと異なる解釈をとるには「特段の事情」が要る、という枠組みが示されました。
(2) あてはめ——行為の時点が和解より前かどうか
「原告が不法行為ないし債務不履行の内容と主張する被告による本件配信の録音・録画やその利用は、別件和解の成立よりも前に行われたもので(前記前提事実(2)(3))、また、同じく原告が問題とする被告によるDMの送信も、やはり別件和解の成立よりも前の行為である(甲8、9)ことに照らせば、仮に別件和解成立時に原告・被告間に原告の主張する損害賠償請求権が存在していたとしても、別件清算条項の対象となるというべきである。」
判断の軸は、問題とされた行為が和解成立より前か後かという時点の問題に置かれています。行為が和解前であれば、そこから生じた損害賠償請求権も和解時に存在していた債権であり、清算の対象に入る、という組み立てです。
(3) 別件の対象外だから及ばない、という反論
Pure Whiteは、「本件訴えは、別件訴訟2の対象とは別個の紛争に基づくものであり、別件清算条項の効力が本件訴えに係る請求にまで及ぶことはない。」と主張しました。これに対して裁判所は、次のように述べています。
「「本件に関し」との限定を付さない包括的清算条項の解釈として相当なものではない。」
(4) 和解前に認識していたことの意味
「原告は、令和7年9月17日付の別件訴訟2の答弁書において、被告が本件配信を録画していることに言及しており(乙11)、別件和解より前の段階で、原告が被告による録画・保存の事実を認識していたと認められるほか、被告による上記DMの送信についても、原告が別件和解よりも前に把握していた事項であり(甲8、9)、いずれについても、別件和解の成立時に、原告及び被告間の紛争ないしその経過の一部をなすとの認識があったといえるのであるから、包括的清算条項たる別件清算条項の対象となることは、より明らかといえる。」
ここが実務的にもっとも重い部分です。Pure Whiteは和解の前に録画とDMの事実を知っていた。にもかかわらず限定を付さずに包括的清算条項を結んだ。その認識は、同社に有利に働くのではなく、清算対象に含まれることをより裏付ける事情として働きました。
(5) 結論
「したがって、仮に本件訴えにかかる損害賠償請求権の成立が認められるとしても、これは別件清算条項によって消滅しているというべきである。」
「以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。」
裁判所は、無断録画やDM送信が不法行為ないし債務不履行に当たるかどうかについても、損害の有無・額についても、判断を示していません。「その余の点について判断するまでもなく」という一文が、そのことを表しています。Pure Whiteの主張が中身の審理を経て否定されたわけでも、録画が適法と認められたわけでも、損害が存在しないと判断されたわけでもありません。

▲ 図3 判断の構造——争点1・2に立ち入らないまま請求棄却へ
意義・射程
清算条項の効力範囲は、これまでも争われてきた論点で、判例には限定的に解した例もあります。全損害を正確に把握し難い状況で早急に少額の賠償金により満足する旨の示談がされた場合には、放棄されたのは示談当時に予想していた損害についての請求権に限られるとした最高裁昭和43年3月15日判決(民集22巻3号587頁)、特定調停の清算条項の対象を借受金等の債務に限り過払金返還請求権には及ばないとした最高裁平成27年9月15日判決(集民250号47頁、判時2281号98頁)などです。
これらと本判決を並べると、限定解釈が働く場面の輪郭が見えてきます。限定解釈が認められたのは、当事者がその債権の存在や規模を認識できていなかった類型でした。これに対し本件では、Pure Whiteは和解前に録画もDM送信も把握しており、しかも別件訴訟2の答弁書でみずから録画に言及していました。「知らなかった」という土台がなかったのです。
したがって本判決の射程は、次のように整理できます。清算条項に「本件に関し」等の限定がない場合、その和解の対象になっていない紛争であっても、和解成立時に存在していた債権であれば清算対象に入りうる。そして、和解前にその紛争を認識していたという事情は、限定解釈を導く「特段の事情」ではなく、むしろ包括的な清算に取り込まれることを裏づける事情として評価される、ということです。
本判決は地方裁判所の判断であり、本稿執筆時点で確定の有無は確認していません。もっとも、実務で日々作成される示談書の定型文言に直接あてはまる判断です。
実務への影響・ポイント
ネットトラブル・誹謗中傷案件では、同じ相手方との間に性質の異なる火種がいくつも残ることが珍しくありません。投稿の削除、発信者情報開示、名誉毀損の損害賠償、契約上のトラブル——本判決を踏まえると、次の点が実務上の要点になります。
- 和解に応じる前に、その相手方に対して考えうる請求を棚卸しする。 「今回の事件」だけを見て条項を読むと、視野の外にある請求権まで一緒に消えます。
- 残す請求があるなら、清算条項に限定を書き込む。 「本件に関し」という一句を入れる、あるいは「ただし、○○に関する損害賠償請求権を除く」と留保を明記する。口頭の了解や交渉経緯のメールでは足りないと考えるべきです。請求するかどうか迷っている段階でも、留保しておけば選択肢は残ります。
- 相手方から示された和解案の清算条項は、文言そのものを読む。 「本和解条項に定めるもののほか、何らの債権債務のないことを相互に確認する」は、実務で広く使われる包括型の書きぶりです。相手方の代理人が用意した案をそのまま受け入れると、こちらに残る請求まで清算されます。
- 逆の立場では、包括的清算条項は強力な防御手段になる。 紛争を一回で終わらせたい側にとって、限定を付さない清算条項は、後続の請求を中身の審理に入る前に遮断しうる条項です。本件のAは、384万円の請求に対して実体判断を経ずに勝訴しています。
和解交渉の場では和解金の額に注意が集まりがちですが、本件で動いた和解金は15万円、その後に問題となった請求は384万円でした。金額の交渉より、清算条項の1行のほうが結果を左右したということです。
まとめ
本判決は、包括的清算条項について、①「本件に関し」といった限定のない清算条項は、和解成立時に当事者間に存在するあらゆる債権債務を清算の対象とする、②別件の対象外の紛争だから効力が及ばないという主張は、包括的清算条項の解釈として相当でない、③和解前にその問題行為を認識していたことは、清算対象に含まれることをより裏づける、という3点を示しました。
そのうえで裁判所は、無断録画やDM送信の違法性にも損害額にも判断を示さないまま、「その余の点について判断するまでもなく」請求を棄却しています。Pure Whiteの主張の当否が審理された事案ではなく、実体判断に入る前に決着した事件だという点を、繰り返し確認しておきます。
示談書・和解調書に署名する前に、清算条項の文言と、その相手方に対して残っている請求の全体像を確認する。地味な作業ですが、本件はその価値を具体的な金額で示した事案といえます。
ネット上のトラブルで示談・和解を検討されている方、相手方から和解案を提示されて条項の意味を確認したい方は、署名の前に弁護士にご相談ください。当事務所では、誹謗中傷・発信者情報開示・配信トラブルに関する紛争について、和解条項の設計と交渉を含めてご対応しています。
出典・参考判例
- 本判決:大阪地方裁判所令和8年(2026年)6月11日判決・令和8年(ワ)第1987号 損害賠償請求事件(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)
- 最高裁判所昭和43年3月15日判決・民集22巻3号587頁(示談により放棄された損害賠償請求権の範囲)※裁判所ウェブサイトの判例番号を確認していないため、リンクは付していません
- 最高裁判所平成27年9月15日判決・集民250号47頁、判時2281号98頁(特定調停の清算条項と過払金返還請求権)※同上
参考文献
- 三山峻司編著/西野卓嗣・室谷和彦・池田聡・矢倉雄太・西川侑之介著『知財紛争”和解”の実務』(中央経済社、2024年)254頁(清算条項——包括的清算条項と限定的清算条項)
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