「当社の○○は、競合品より約5倍の効果」——比較広告を見かける機会は少なくありません。比較広告は、消費者にとって商品選択の有用な情報になる一方、その内容が 客観的に裏付けられていない 場合は、不正競争防止法上の問題を引き起こします。
本判決は、Y社が販売するガム「ポスカム」の広告で「一般的なキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果を実現」とした表示について、X社(競合のキシリトールガム「キシリトール+2」販売業者)が 不競法2条1項13号(現20号)の品質等誤認表示 および 同項14号(現21号)の虚偽事実の陳述流布 に該当するとして、差止め・損害賠償・謝罪広告を求めた事案です。
知財高裁は、比較広告の根拠となった実験(D-2-3実験)の再現性が客観的に確認されていない ことを理由に、原審(請求棄却)を変更し、本件比較表示の使用差止請求を認容 しました(損害賠償・謝罪広告は認めず)。比較広告における 実験の信頼性・再現性 を考えるうえで重要な判例です。
1. 事案の概要
1.1 当事者の関係
| 立場 | 概要 |
|---|---|
| 控訴人 X | キシリトールガムを先行販売、厚生労働省の特定保健用食品の表示の許可を取得して 「キシリトール・ガム+2」(以下「キシリトール+2」)をデンタルサポート食品として販売 |
| 被控訴人 Y | ガムを含む菓子等の食料品を販売。歯の再石灰化促進効果をもつとされるガム 「ポスカム〈クリアドライ〉」(以下「ポスカム」)の販売を開始 |
1.2 経緯

1.3 訴訟の構造
Xは、Yの本件比較表示が、
- 不競法2条1項13号(現20号):商品の品質等について誤認させる表示
- 不競法2条1項14号(現21号):競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実の陳述・流布
に該当するとして、不競法3条・4条・7条に基づき、本件比較表示の使用差止め・謝罪広告(朝日・読売・毎日・産経・日経の各紙)・損害賠償(10億円)を求めました。
2. 争点
中心的な争点は、本件比較表示の根拠となったD-2-3実験の合理性・再現性が、虚偽性を否定するに足るものか でした。
具体的には、
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| ① | D-2-3実験そのものの実験条件・方法は合理的か |
| ② | D-2-3実験の 再現性 が客観的に確認されているか(原実験者以外による再現または公正な第三者監視下での再現) |
| ③ | 上記を踏まえ、本件比較表示が虚偽の事実に該当するか |
3. 裁判所の判断
3.1 主文(判決原典より)
| # | 主文 |
|---|---|
| 1(1) | 被控訴人は別紙第1目録記載の商品(ポスカム)を販売するに当たり、別紙第2目録記載の広告又は表示をしてはならない(差止認容) |
| 1(2) | 控訴人のその余の請求を棄却(謝罪広告・損害賠償は否認) |
原判決は控訴人の請求をすべて棄却していたため、本判決はこれを 変更 したことになります。
3.2 控訴審の規範部分(判決原典より)
判決(LLI/DB判例秘書登載)によれば、本判決は次の規範を示しました。
再現性実験の独立性要件
……再現実験ないし追試とは、元の実験(本件ではD-2-3実験)の正確性や信頼性を確認するために行われるものであるから、それを客観的に担保するため、元の実験の実施者(その者と密接な関係のある者を含む。)以外の者によって行われるか、仮に元の実験者が関与して行わざるを得ないのであれば、公正な第三者による厳重な監視下において行うなどの条件が必要 である。すなわち、元の実験者が第三者の何らの監視等がなく自ら関与して再現実験等をするのであれば、元の実験結果と同じ結果を意図的に作出する可能性があり、この可能性を排除する必要性があるのであり、そのような意図的な作為がないときであっても、元の実験の場合と同じ過誤を繰り返す可能性を排除する必要があるからである。
そのうえで、判決は次のように当てはめました。
そうだとすれば、C1助教授が関与して、かつ、公正な第三者による監視等がないまま行われた 被控訴人実験は、その実施方法や内容のいかんを問わず、再現実験としての適格性を欠く ものといわざるを得ない
鑑定の不採用とY側の立証放棄
判決によれば、控訴審で裁判所が 鑑定 の採用実施を検討した際、被控訴人(Y)は鑑定人について控訴人(X)が提案した諸条件と異なる条件に固執し、鑑定の採用実施が断念されたという経緯がありました。判決はこの点について次のように評価しています。
……裁判所としては、やむなく鑑定の採用実施を断念するに至ったものである。この問題は、当審の審理の中で最も重大なものであり、口頭弁論期日等において、当事者双方が最も力を注いで弁論した点であり、裁判所も最も重視し、慎重に審理決断した点であった。
そうすると、被控訴人は、D-2-3実験の合理性について、必要な立証を自ら放棄したものと同視すべきものであり、D-2-3実験の合理性はないものといわざるを得ない
3.3 結論(虚偽事実の陳述流布・品質等誤認の認定)
判決は次のように結論付けました。
……ポスカムが、キシリトール+2の約5倍の再石灰化効果を有するというのは、客観的事実に沿わない虚偽の事実 というべきであり、被控訴人が、上記①の本件比較表示や②の棒グラフを含む本件比較広告を実施した行為は、競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を流布する行為 として、不正競争防止法2条1項14号に該当するものである。
また……本件比較広告のこれらの部分は、ポスカムの品質を誤認させるものというべく、したがって、被控訴人が、これらの部分を含む本件比較広告を実施した行為は、同項13号に該当する ものである。
これにより、差止請求は認容。ただし、Yに故意または過失があったとは直ちに認められないとして、損害賠償・謝罪広告は否認 されました。
4. 解説
4.1 不競法2条1項20号・21号の条文構造
不正競争防止法は、本件で問題となった行為類型として以下の規定を置いています(不競法)。
| 条文(現行) | 内容 |
|---|---|
| 2条1項20号(旧13号) | 商品の品質等について 誤認させるような表示 をする行為等 |
| 2条1項21号(旧14号) | 競争関係にある他人の営業上の信用を害する 虚偽の事実 を告知・流布する行為 |
経済産業省「逐条解説 不正競争防止法(令和6年4月1日施行版)」も、これら条文の構造について解説しています。
4.2 本判決の判断構造
判決原典による限り、本判決の論理を整理すると以下のフローになります。

ポイントは次の3点です。
1. 再現実験の独立性要件:元の実験者が関与する場合は、公正な第三者の厳重な監視下で行うことが必要
2. 裁判所の鑑定提示と立証放棄評価:裁判所が鑑定を「当審の審理の中で最も重大」と位置付けて提示したにもかかわらず、Y側が鑑定人条件に固執して断念 → 「必要な立証を自ら放棄したものと同視すべき」 と評価された
3. 損害賠償・謝罪広告は否認:差止請求は認容されたが、Yの故意・過失が直ちに認められないとして、損害賠償と謝罪広告は否認された
4.3 比較広告に関する学説論争
比較広告と不競法・景品表示法の関係、立証責任、消費者保護法益との対比、米国FTCの実証広告規制との比較等の 網羅的な整理 は、川濵昇・京都大学教授「比較広告─実験の信頼性〔キシリトールガム事件〕」別冊Jurist No.248『商標・意匠・不正競争判例百選〔第2版〕』112事件、226-227頁 に詳しく扱われています。論点の体系的な理解を求める方は、ぜひ同解説をご参照ください。
4.4 景品表示法上の規制(一次資料)
比較広告の根拠資料に関する規制は、景品表示法 にも並存しています。
景品表示法5条1項1号 は 優良誤認表示 を不当表示として規制しており、同法 7条2項 は内閣総理大臣(消費者庁長官)が、表示の裏付けとなる 合理的な根拠 を示す資料の提出を求めることができる旨を定めています(不実証広告規制)。
同制度の運用については、消費者庁が「不実証広告規制ページ」 で運用指針・要件を公表しており、比較広告については「比較広告ページ」 で景品表示法上の留意点(比較対象の特定、客観性等)を整理しています。
本判決は不競法上の問題に関するものですが、比較広告の根拠資料を準備する実務では、景品表示法上の不実証広告規制 の要件を併せて確認しておくと、両法令への適合性を一括で検討できます。
4.5 実務への示唆 — 本判決の事案から導けるポイント
本判決の事案・判示から、比較広告を実施する場合に実務上参考になるポイントは以下のとおりです。
(1) 比較対象の特定
「一般的な○○に比べ」という表示を行う場合、比較対象の 特定(どの製品か) および 比較条件の客観性 を社内で記録しておく必要があります。本件では「一般的なキシリトールガム」がX商品「キシリトール+2」を意味することは当事者間で実質的に争いがありませんでした。
(2) 実験データの再現性の確保
判決原典による限り、本件で控訴審が重視したのは、再現実験を元の実験者と独立した第三者が行う こと、または 公正な第三者の厳重な監視下 で行うことでした。社内実験のみで広告根拠を主張するのではなく、外部の独立した試験機関による再現性確認を、広告開始前に得ておくことが望ましいといえます。
(3) 解析手法の透明性
判決原典によれば、本件ではデジタル画像の解析について、複数の機関の結果に差異が生じたことが結果の信頼性に疑問を投げかけました。解析の手法・基準の透明化と外部検証可能性 を確保することが、後日の争訟への備えになります。
(4) 訴訟段階での鑑定への対応
裁判所が鑑定を提示した場合、条件に固執して鑑定を実施できない事態 は、判決原典で「当審の審理の中で最も重大なもの」と位置付けられたうえで「必要な立証を自ら放棄したものと同視すべき」と評価されるリスクがあります。本判決はこの点を明確に示した事例として、訴訟戦略上の参考になります。
5. まとめ
本判決から押さえるべきポイントは次の3点です。
1. 比較広告の根拠となる実験の合理性は、実験条件・方法の合理性だけでなく、再現性の客観的確認まで求められる。本件では、再現実験は元の実施者と独立した第三者が行うか、公正な第三者の厳重な監視下で行うことが必要とされた。
2. 裁判所が鑑定を提示したにもかかわらず、当事者が条件に固執して鑑定を実施しない場合、「必要な立証を自ら放棄したものと同視すべき」と評価され得る。本件はこの点を明確に示した事例。
3. 比較広告の実施にあたっては、不競法(2条1項20号・21号)に加え、景品表示法5条1項1号(優良誤認表示)・7条2項(不実証広告規制) との適合性確認が、実務上の備えとして必要。
実務上、競合品との比較を伴う広告を行う場合は、比較対象の特定、独立した試験機関による再現性確認、解析手法の透明性 を、広告開始前に整備しておくことが、後日の紛争予防に直結します。
関連条文・判例・参考文献
条文
- 不正競争防止法(e-Gov)
- 第2条第1項第20号(品質等誤認惹起行為)/第21号(信用毀損行為)
- 第3条(差止請求権)/第4条(損害賠償)/第7条
- 景品表示法(e-Gov)
- 第5条1項1号(優良誤認表示)/第7条2項(不実証広告規制)
判例
- 知財高判平成18年10月18日 平成17年(ネ)第10059号 キシリトールガム事件 控訴審【LLI/DB判例秘書登載 L06120393・別冊ジュリスト188号206頁・248号226頁掲載】
- 東京地判平成16年10月20日(第一審)【判不競1178ノ314頁登載】
参考文献
本判決および比較広告の実証性要件、関連裁判例についての 網羅的な整理 は、次の解説で扱われています。論点の体系的整理に関心のある方は、ぜひ同解説をご参照ください。
- 川濵昇「比較広告─実験の信頼性〔キシリトールガム事件〕」別冊Jurist No.248『商標・意匠・不正競争判例百選〔第2版〕』112事件、226-227頁
その他、参考にできる一次資料として以下があります。
- 経済産業省「逐条解説 不正競争防止法(令和6年4月1日施行版)」
- 消費者庁「不実証広告規制ページ」
- 消費者庁「比較広告ページ」