不正競争防止法
2026/05/05

ヤマダさんよりお安くします事件(前橋地裁平成16年5月7日判決+東京高裁平成16年10月19日判決)— 「○○さんより安くします」表示は不正競争防止法で規制できるか

家電量販店の店頭で「当店は○○さんよりお安くします」というポップ広告を見かけたことはありませんか。競合店の名前を出して、自店の価格優位を訴求する表示です。このような 価格訴求表示 が、競合店にとって不正競争防止法上の問題となるか——本判決はそれを正面から扱った事案です。

ヤマダ電機(X)が、コジマ(Y)に対し、Yの店舗で「当店はヤマダさんよりお安くします」等の本件各表示を行った行為は不競法 2条1項13号(現20号) の不正競争に当たるとして、差止め・損害賠償・謝罪広告を求めました。第一審・控訴審ともに、価格に関する誤認は同号の規制対象に含まれない として請求を棄却しました。価格訴求表示の規制をめぐる重要判例です。

1. 事案の概要

1.1 当事者の関係

立場 概要
原告 X(ヤマダ電機) 家庭用電化製品販売業の大手
被告 Y(コジマ) 家庭用電化製品販売業の大手

1.2 経緯

ヤマダさんよりお安くします事件 経緯フロー

1.3 訴訟の構造

Xは、Yの行為が不競法2条1項13号(判決当時。現20号)に該当する「不正競争」に当たると主張しました。同号は、商品・役務またはその広告等に商品の 原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量 または役務の質・内容・用途・数量について 誤認させるような表示 を行う行為等を不正競争としています。

ところが本件では、Yの表示は 商品の「価格」 に関するものであり、同号の明文には「価格」が掲げられていないため、以下の3つの争点が生じました。

# 争点
価格について消費者を誤認させることが「商品の 内容」誤認に当たるか
商品をどれだけ安くするかが「役務」に当たるか
同号に「価格」が明文上ないが、類推解釈 によって「価格」の誤認も「不正競争」に該当するとできないか

X側は併せて、景品表示法4条2号の不当表示・営業妨害(民法709条)・名誉毀損による損害賠償(約1億9636万円)・差止め・謝罪広告も請求しました。

2. 争点

中心的な争点は、価格訴求表示が不競法2条1項13号(現20号)の規制対象に含まれるか——明文に「価格」がない以上、商品の「内容」「役務」に当てはめるか、類推解釈によって規制できるかが問題となりました。

3. 裁判所の判断

3.1 結論

  • 第一審(前橋地判平成16年5月7日):請求棄却
  • 控訴審(東京高判平成16年10月19日):本件控訴棄却(原判決相当)

3.2 第一審の規範部分(判決原典より)

判決原典(LLI/DB判例秘書登載 L05950261)によれば、第一審は次の3点を判示しました。

「商品の内容」誤認には当たらない

本件各表示は、同一の商品について、被告の販売価格を原告のそれよりも安くするという内容の表示であって、かかる表示を見た一般消費者は、被告が同一の商品について原告の販売価格よりも安い価格で販売しようとしていると認識することはあっても、当該商品について被告が販売価格を安くすることによって、そうしない場合と比較してその商品の内容について異なった印象を抱くことはあり得ない から、本件各表示が商品の内容について誤認させるような表示に当たるということはできない

「役務」には当たらない

不正競争防止法2条1項13号が「商品」と「役務」とを並列的に規定してそれらの内容等の誤認惹起行為を規制していることにかんがみると、同号にいう「役務」とは、他人のために行う労務又は便益であって、独立して商取引の目的たり得べきものをいうと解すべき である。これを本件について見ると、事業者が商品の価格を安くすること自体は、独立して商取引の目的たり得ない ことは明らかであるから、不正競争防止法2条1項13号にいう「役務」には当たらないというべきである

拡張・類推適用も否定

判決原典は、平成5年現行不正競争防止法の制定過程で、産業構造審議会知的財産政策部会 において、価格の誤認惹起行為を不正競争として規制することは見送られた経緯(同部会平成4年12月14日付け報告書「不正競争防止法の見直しの方向」参照)を認定したうえで、要旨次のように判示しました。

……現行の不正競争防止法上、差止請求の対象とされたり(同法3条)、損害賠償請求において損害の額が推定される(同法5条)などの強力な規制が施されるので、不正競争行為となる対象についての安易な拡張解釈ないし類推解釈は避けるべきである といえることも併せ考えると、価格の誤認惹起行為について、不正競争防止法2条1項13号を 拡張適用ないし類推適用することはできない というべきである

3.3 控訴審の判断

控訴審(東京高判平成16年10月19日 判時1904号128頁)は、本件控訴を棄却(原判決相当)し、第一審の判断枠組みを維持しました。控訴審判決原典では、控訴審において追加された独占禁止法19条違反等の主張についても検討されたうえで、結論として控訴は棄却されています。

4. 解説

4.1 不競法2条1項20号の構造と「価格」の不在

不正競争防止法2条1項20号(旧13号)は、商品・役務またはその広告等に、商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量 または役務の質・内容・用途・数量について 誤認させるような表示 を行う行為等を不正競争としています(不競法2条1項20号)。

条文上列挙されている事項には 「価格」 は含まれていません。これが本件で問題となった核心です。

経済産業省「逐条解説 不正競争防止法(令和6年4月1日施行版)」も、20号の規制構造について解説しています。

4.2 不競法上の概念整理に関する学説(白石解説への参照誘導)

本判決の解釈は、不競法における「商品」「役務」「営業」概念の規定構造、価格規制をめぐる関連法令との関係を含めた論点に位置付けられます。これらを含む 網羅的な整理 は、白石忠志・東京大学教授「営業に関する誤認表示〔ヤマダさんよりお安くします事件〕」別冊Jurist No.248『商標・意匠・不正競争判例百選〔第2版〕』111事件、224-225頁 に詳しく扱われています。論点の体系的な理解を求める方は、ぜひ同解説をご参照ください。

4.3 本判決の判断構造

判決原典による限り、第一審の論理を整理すると以下のフローになります。

価格訴求表示 規制可否の判断フロー

ポイントは次の3点です。

1. 価格表示は商品の「内容」誤認に当たらない:価格は条文に列挙された属性の外にある
2. 価格を安くすること自体は「役務」ではない:「役務」は 独立して商取引の目的たり得る 労務・便益と解される
3. 立法経緯と強力な規制効果を理由に類推適用も否定:不競法上の差止め・損害額推定は強力なため、明文外の「価格」に拡張するのは慎重であるべき

4.4 価格規制をめぐる他法令(一次資料)

価格に関する誤認表示を規制する法令としては、不競法のほかに以下が並存しています。

  • 景品表示法景品表示法5条):1項2号で「商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のもの……よりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される表示」を 有利誤認表示 として規制。同法30条1項2号で適格消費者団体による差止請求を規定。比較広告・二重価格表示の運用については消費者庁の「比較広告に関する景品表示法上の考え方」「不当な価格表示についての景品表示法上の考え方」 等の運用基準が公表されている
  • 独占禁止法独禁法24条一般指定8項(不公正な取引方法)):「ぎまん的顧客誘引」として、自己の供給する商品又は役務の 内容又は取引条件 その他取引に関する事項について実際のもの・競争者のものよりも著しく優良・有利と顧客に誤認させ、競争者の顧客を自己と取引するよう不当に誘引する行為を規制し、24条で差止請求が可能

これらの法令制度の 本判決との位置関係に関する解説者独自の整理 については、白石・前掲解説に詳しい議論があります。本記事では、不競法上の処理に絞って整理しています。

なお、本件第一審・控訴審のいずれも、景品表示法4条2号(当時)の不当表示該当性についても検討し、いずれも該当性を否定しています。

4.5 控訴審の景品表示法に関する判示(白石解説の紹介)

判例百選225頁の白石解説は、控訴審判決には、本記事冒頭で扱った不競法上の判示に加えて、景品表示法に関する判示(「健全な常識を備えた一般消費者」基準等)も含まれていることを紹介しています。詳細な評価・後続事案への射程については、同解説をご参照ください。

4.6 実務への示唆 — 価格訴求表示のリスク管理

以下は、本判決の射程を前提に、関連法令・公表ガイドラインを踏まえた実務上の補足です。

(1) 不競法上のリスクは限定的だが、他法令でのリスクは別問題

本判決の射程は 不競法2条1項20号での規制可否 に限られます。価格訴求表示は、

  • 景品表示法5条1項2号(有利誤認表示)
  • 独占禁止法24条+一般指定8項(ぎまん的顧客誘引)
  • 場合により 民法709条の不法行為

等で別途問題となる可能性があります。本判決で不競法上問題ないとされても、これら他法令の検討は必須です。

(2) 「○○さんより安くします」表示の事実的裏付け

本件では、Xは「実際にはXより安くしていない場合が少なからずある」と主張していました。比較価格訴求表示 を行う場合、その内容が 客観的に裏付けられること(同一商品で実際に安価であること)は、景品表示法・民法上の責任を回避するための実務的前提です。

(3) 比較対象表示の実務基準

景品表示法に基づく比較広告の取扱いについては、消費者庁の「比較広告に関する景品表示法上の考え方」、二重価格表示については「不当な価格表示についての景品表示法上の考え方」 が運用基準として公表されています。比較対象の特定、価格調査の客観性・公平性、表示時点と価格時点のずれ 等の論点について、自社の表示が運用基準に沿っているかを事前確認することが望ましいといえます。

5. まとめ

本判決から押さえるべきポイントは次の3点です。

1. 本判決は、価格に関する誤認は不競法2条1項13号(現20号)の規制対象に含まれないとした事例 である。「商品の内容」「役務」のいずれにも当たらず、明文外の類推適用も否定した。
2. 立法経緯として、平成5年現行不競法制定時に 価格の誤認惹起行為の規制は見送られた 経緯(産業構造審議会知的財産政策部会平成4年12月14日付け報告書)があり、不競法上の 強力な規制効果 に照らして拡張解釈は避けるべき、とされた。
3. ただし、価格訴求表示は 景品表示法5条1項2号(有利誤認表示)・独占禁止法24条+一般指定8項 等で別途規制され得るため、価格訴求広告の実務上は 不競法以外の規制 との関係を必ず検討する必要がある。

実務上、競合店との 比較価格訴求 を行う場合、不競法上のリスクが限定的であることに安心するのではなく、景品表示法・独禁法・民法 での総合的なリスク管理が必要です。


関連条文・判例・参考文献

条文

判例

  • 前橋地判平成16年5月7日 平成14年(ワ)第565号 ヤマダさんよりお安くします事件 第一審【LLI/DB判例秘書登載 L05950261
  • 東京高判平成16年10月19日 平成16年(ネ)第3324号 同 控訴審【LLI/DB判例秘書登載 L05920597判時1904号128頁・ジュリスト1308号205頁・別冊ジュリスト188号208頁・248号224頁・249号262頁】

参考文献

本判決および「商品」「役務」「営業」3概念をめぐる解釈論、価格規制の他法令との関係、景品表示法上の「健全な常識を備えた一般消費者」基準についての 網羅的な整理 は、次の解説で扱われています。論点の体系的整理に関心のある方は、ぜひ同解説をご参照ください。

  • 白石忠志「営業に関する誤認表示〔ヤマダさんよりお安くします事件〕」別冊Jurist No.248『商標・意匠・不正競争判例百選〔第2版〕』111事件、224-225頁

その他、参考にできる一次資料として以下があります。

© 虎ノ門法律特許事務所(知財・商法。不正競争防止法サイト)