ユニットシェルフ事件(知財高裁平成30年3月29日判決)— 商品形態の周知性と需要者アンケートの証拠価値
【判決文(裁判所HP)】: 知財高判平成30年3月29日 平成29年(ネ)第10083号 不正競争行為差止請求控訴事件(PDF)
商品形態が不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」として保護されるためには、特別顕著性と周知性が要件とされます。このうち 周知性 の立証では、近時、需要者アンケートが用いられることが増えていますが、調査設計を誤ると証拠価値が認められません。本判決は、控訴審で被告側が提出した2つの識別力調査について、いずれも証拠価値を認めず、原審の請求認容判決を維持した一例です。アンケート調査の設計を考えるうえで実務に有益な事例として紹介します。
1. 事案の概要
1.1 当事者と商品
| 立場 | 概要 |
|---|---|
| 原告(被控訴人)X | 平成9年1月頃から金属製ユニットシェルフ(X商品)を運営店舗等で販売 |
| 被告(控訴人)Y | 平成25年7月頃からユニットシェルフ(Y商品)を運営店舗等で販売 |
X商品は、判決本文上確認できる範囲では、2本ポール構造、横桟及びクロスバー その他の形態的特徴①ないし⑥の組合せを有する金属製の組立式ユニットシェルフです。Xは、X商品の形態が周知の商品等表示に該当し、Y商品の販売は不正競争防止法2条1項1号の不正競争に当たると主張して、Y商品の譲渡等の差止めおよび廃棄を求めました(同条項1号の規定は、商品等表示性のほか、類似性、混同のおそれ、営業上の利益侵害等を要件としますが、本件控訴審で主に争点化したのは商品等表示該当性〔特別顕著性・周知性〕および権利濫用の有無であり、本記事ではそのうち 周知性判断の中で問題となったアンケート調査の評価 に焦点を当てます)。
両商品の具体的な形態は、原審判決(東京地判平成29年8月31日)の別紙物件目録に掲載されています。
X商品(原告商品)— 別紙より引用

(出典:東京地判平成29年8月31日 平成28年(ワ)第25472号 判決別紙 22頁)
Y商品(被告商品)— 別紙より引用

(出典:東京地判平成29年8月31日 平成28年(ワ)第25472号 判決別紙 27頁)
X商品とY商品はいずれも、2本ポール構造を基本骨格とし、棚板を支柱間に差し込む組立式の金属製ユニットシェルフです。X商品形態の特徴的部分(原判決が認定した「2本の支柱に新たな棒材を水平又は斜めに追加する」構造等)と被告商品の対応が、本件における 特別顕著性および類似性の判断のベース となっています。
1.2 訴訟経過

| 審級 | 結論 |
|---|---|
| 第一審(東京地裁) | 請求認容(X商品形態の特別顕著性および周知性を肯定) |
| 控訴審(知財高裁) | 控訴棄却(原審判断を維持) |
1.3 Yが控訴審で提出した識別力調査
Yは控訴審において、X商品形態の周知性を否定するため、2つのアンケート調査結果を新証拠として提出しました。
| 調査 | 対象者 | 規模 | 結果 |
|---|---|---|---|
| Y調査(a) | 20代から40代の一般消費者 | 判決本文上は標本数不詳 | 約98%がX商品形態を見てもX商品と識別不可 |
| Y調査(b) | Yの取引先5社の担当者 | 10名 | 10名中9名が識別不可 |
数字だけ見ればYに有利な結果に見えますが、裁判所はこれをいずれも採用しませんでした。
2. 本記事が取り上げる争点
控訴審では、商品等表示該当性(特別顕著性および周知性)や権利濫用の有無も判断対象でしたが、本記事が主に取り上げるのは、周知性判断の中で焦点となったY調査(a)・(b)の証拠価値の評価 です。
3. 裁判所の判断
3.1 結論
控訴棄却。原審の判断(X商品形態の特別顕著性および周知性肯定)を維持。
3.2 Y調査(a)に対する評価
裁判所は、Y調査(a)について、判決文において以下の2点を問題視しました(判決文PDF)。
母集団設定の問題
判決は、ユニットシェルフ家具は「一般消費者が卒然と購入に至るような性質の商品でない」と述べ、
少なくともこれらの商品を含む家具一般について何らかの関心を有する者を……需要者と解すべき
と判示しました。20代から40代の一般消費者という設定では、家具に関心のない層を多く含み、需要者層と整合的でないということです。
質問内容の問題
調査では「どの販売店の商品か分かるか」を尋ねていましたが、判決はこれを 「具体的な出所の認識を直接の問題とする点で、必ずしも適切なものとはいえない」 と評価しました。
→ 「周知性を否定する証拠として適格ではない」とされました。
3.3 Y調査(b)に対する評価
当該調査の対象者は、Y自身の取引の相手方の従業員である上、その規模も5社10名にとどまるものであるから、周知性の有無を裏付ける証拠としては、信用性を欠くといわざるを得ない
→ Y側に偏った対象者×きわめて小規模という二重の問題で、信用性を欠く とされました。
4. 解説
4.1 不正競争防止法2条1項1号と商品形態
不正競争防止法2条1項1号は、「他人の商品等表示として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し」する行為等 を不正競争の一類型として規定しています(不正競争防止法2条1項1号)。
ここでいう「商品等表示」には、人の業務に係る氏名、商号、商標、標章のほか、商品の容器・包装も含まれます(同号)。商品の形態そのもの が「商品等表示」に当たるかは条文上明確ではありませんが、下級審裁判例では、商品形態が需要者の間で出所を示すものとして広く認識されるに至っている場合 には、その商品形態自体が「商品等表示」になり得ると解する立場が定着しています。
本件原審(東京地判平成29年8月31日)も、判決文において、以下のように述べたうえで、X商品形態の特別顕著性を肯定し、Xの独占的・大規模な宣伝活動等によって周知性に至ったとして請求を認容しました(原審判決を引用する控訴審判決文に基づく)。
商品の形態が客観的に明らかに他の同種の商品と識別し得る顕著な特徴を有し、かつ、その形態が特定の事業者により長期間独占的に使用されるなどした結果、需要者においてその形態が特定の事業者の出所を表示するものとして周知されるに至れば、商品の当該形態自体が「商品等表示」……になり得る
控訴審はこの原審判断を引用して維持しています。本判決もこの判断枠組みを踏襲したものといえます)。
4.2 周知性立証における需要者アンケートの位置付け
商品形態の周知性は、最終的に「需要者がその形態を特定主体の出所を示すものとして受け止めているか」という 需要者の認識状態 の問題です。実務では、販売実績、宣伝広告実績、市場での競合品の状況などを積み上げて周知性を立証しますが、これらは需要者の認識を 間接的に推認させる 事情にとどまります。
これに対し、需要者アンケートは、需要者本人に直接質問することで認識状態を測定 しようとする手段です。商品形態のように、もともと機能や美観のために選択される表示について、出所表示として認識されている度合いを立証するうえで、有力な証拠となり得ます。
ただし、需要者アンケートは統計的な社会調査の一種であり、調査設計の客観性・中立性 を欠けば証拠価値が認められません。井上由里子・後掲解説135頁は、この観点から考慮されるべき要素について体系的な整理を提示しているほか、商品形態の周知性立証および需要者アンケートに関する一般論・関連裁判例(Levi’s事件、ヒュンメル事件、コカ・コーラ・ボトル立体商標事件、商標審査基準のアンケート調査の取扱い等)について、文献参照を含めて網羅的に紹介していますので、体系的に学びたい方には同解説のご参照をおすすめします。
4.3 本判決が示した4つの問題点
本判決の意義は、抽象的なアンケート評価論を述べた点ではなく、Y調査(a)・(b)の具体的な不備 を指摘した点にあります。判決の論理を整理すると、調査設計上の問題点は以下の4つに集約されます。

| # | 問題点 | 判決の論理 |
|---|---|---|
| 1 | 母集団と需要者の不整合 | 商品の性質(家具)から「家具一般について何らかの関心を有する者」を需要者とすべきだが、Y調査(a)は20代から40代の一般消費者という広すぎる設定で、家具に関心のない層を多く含んでしまう |
| 2 | 質問内容の不適切さ | 「どの販売店の商品か分かるか」と直接尋ねる設計は、出所の具体的認識を直接の問題とする点で適切でない |
| 3 | 対象者の偏り | Y調査(b)は、Y自身の取引の相手方の従業員を対象としており、調査の中立性が欠ける |
| 4 | 規模の過少さ | Y調査(b)は5社10名にとどまり、周知性の有無を裏付ける証拠として規模が小さすぎる |
判決はこれら4点を理由に、Y調査(a)は周知性否定の証拠として「適格ではない」、Y調査(b)は「信用性を欠く」 として、いずれの調査結果も原審判断を覆す材料とはなり得ないと結論付けました。
なお、商標審査基準(特許庁公表の現行版は、商標審査基準を参照)も、商標法3条2項の使用による識別性に関し、認識度調査(アンケート)の 実施者・実施方法・対象者等の作成における公平性・中立性 への配慮を求めており、本判決の評価軸と整合的な枠組みを採用しています。
4.4 実務への示唆 — 本判決の射程内で導けるチェックポイント
本判決が実際に判示したY調査(a)(b)の評価から導ける、企業実務でアンケート調査を実施・利用する際のポイントを整理すると、以下のとおりです(より体系的な実務上の留意点については、井上・後掲解説135頁(2)および同解説掲載の参考文献をご参照ください)。
| 観点 | チェックポイント(本判決から直接導ける範囲) |
|---|---|
| 対象設定 | 商品の性質に応じて、需要者層と整合する母集団を設定する。年齢層だけでなく、商品ジャンルへの関心の有無等で絞り込む設計を検討する |
| 規模 | 本件のように 5社10名にとどまる規模では信用性を欠くと評価された ことを踏まえ、統計的に意味のある標本数を確保する |
| 対象者の中立性 | 自社や取引先の関係者に偏らせない |
| 質問内容 | 具体的な販売店名・社名を直接尋ねる質問は、周知性立証の文脈では適切でない場合がある(本件Y調査(a)の評価参照) |
「自社に有利な数字を狙う調査設計」は、証拠価値が認められなければ意味がありません。本件は 被告側のアンケート活用の失敗例 として、攻撃側・防御側いずれにとっても参考になります。
5. まとめ
本判決から押さえるべきポイントは次の3点です。
1. 本判決が証拠価値を否定した4つの理由(母集団と需要者の不整合・質問内容の不適切さ・対象者の偏り・規模の過少さ)は、アンケート調査を計画・評価する際の最低限のチェック項目。
2. 対象者を「20代から40代の一般消費者」と広く取りすぎる、または自社取引先10名に偏らせる といった設計は、本件判決の論理によれば証拠価値または信用性を否定される。
3. アンケートの設計段階から、「自社に有利な結果を狙う」のではなく、需要者層との整合性・対象者の中立性・規模・質問内容の中立性 を意識する必要がある。
実務上、商品形態の周知性立証や逆に否定立証を行う場合、調査設計の段階から 社会調査の専門家との協働 を検討することが、証拠価値を高める近道となります。アンケート調査一般の体系的整理や関連裁判例については、井上・後掲解説をはじめとする文献を参照することをおすすめします。
関連条文・判例・参考文献
条文
- 不正競争防止法(e-Gov法令検索)
- 第2条第1項第1号(商品等主体混同行為)
- 第3条(差止請求権)
判例
- 知財高判平成30年3月29日 平成29年(ネ)第10083号 ユニットシェルフ事件 控訴審判決(PDF)
- 東京地判平成29年8月31日 平成28年(ワ)第25472号 本件原審判決(PDF・別紙物件目録収録)
参考文献
本判決および商品形態の周知性・需要者アンケートの証拠価値評価についての 網羅的な整理 は、次の解説で扱われています。学説対立、関連裁判例(Levi’s事件、ヒュンメル事件、コカ・コーラ・ボトル立体商標事件等)、体系的整理に関心のある方は、ぜひ同解説をご参照ください。
- 井上由里子「周知性とアンケート調査─ユニットシェルフ事件」別冊Jurist No.248『商標・意匠・不正競争判例百選〔第2版〕』66事件、134-135頁
その他、参考にできる一次資料・基本文献として以下があります。
- 特許庁「商標審査基準」(現行版)
- 小野昌延編著『新・注解不正競争防止法〔第3版〕(上)』〔2012〕
- 田村善之『不正競争法概説〔第2版〕』〔2003〕
- 青木博通『新しい商標と商標権侵害』〔2015〕