はじめに——「違法な表示」なのに賠償ゼロ
電気製品に付いている「PSE」のマークは、電気用品安全法が定める技術基準への適合を示す表示です。特定電気用品については、登録検査機関による適合性検査を受けなければ、この表示を付けることができません。
検査を受けていない製品にPSE表示を付けて売れば、行政上の問題になるだけでなく、競合他社から不正競争防止法に基づく責任を追及されることがあります。しかし、違法な表示であることと、競合他社に賠償すべき損害が生じたこととは、別の問題です。
本記事で取り上げるPSE表示事件(知財高判平成25年3月28日・平成24年(ネ)第10096号、判決文PDF・裁判所ウェブサイト)は、まさにこの点が争われた事件です。裁判所は、検査を受けていない新製品に旧製品のPSE表示を付けて販売した行為を品質誤認表示に当たると認めながら、競合他社の損害賠償請求を退けました。
この記事では、①品質誤認表示の枠組み、②事件の経緯、③裁判所の判断、④損害の立証に関する実務上のポイント、を解説します。
前提知識——品質誤認表示と損害の立証
- 品質誤認表示(不正競争防止法2条1項20号):商品やその広告等に、原産地・品質・内容・製造方法・用途・数量について誤認させるような表示をし、またはその表示をした商品を譲渡等する行為です。判決当時は同項13号でした。表示が虚偽である必要はなく、需要者に誤認を生じさせるような表示であれば足ります。
- PSE表示:電気用品安全法に基づく表示で、技術基準への適合を示します。特に危険や障害の発生するおそれが多い「特定電気用品」については、登録検査機関(本件では財団法人電気安全環境研究所〔JET〕)の適合性検査を受け、証明書の交付・保存を経なければ表示できません。
- 損害賠償と推定規定:不正競争によって営業上の利益を侵害された者は、損害賠償を請求できます(4条)。5条2項は、侵害者が得た利益の額を損害の額と推定する規定ですが、これはあくまで「額」の推定であって、損害が発生したこと自体は請求する側が立証しなければなりません。

事案の概要
原告(控訴人)と被告(被控訴人)は、いずれも大阪市に本店を置き、事業者向けの「電子ブレーカ」を販売していました。電子ブレーカは、低圧電力を利用する事業者が電気代の基本料金を削減するために導入する製品で、双方の製品を扱う販売代理店もあり、両社は競合関係にありました。
被告製品の製造元は、旧製品についてJETの適合性検査を受け、検査証明書の交付を受けていました。ところが、過電流引き外し機構の型式を変更した新製品に切り替える際、改めて適合性検査を受けなければならないことを認識しておらず、旧製品の検査に基づくPSE表示(旧表示)を付けたまま新製品を販売していました。その後、検査が必要であることを認識すると速やかにJETに申し込み、わずか8日後に新製品の検査証明書の交付を受けています。
原告は、主位的に特許権侵害を主張し、予備的に、検査を受けていない新製品に旧表示を付けて販売した行為が品質誤認表示に当たるとして、82億5260万円の損害のうち1億2000万円の賠償を求めました。
一審(大阪地判平成24年9月13日・平成22年(ワ)第6028号、判決文PDF・裁判所ウェブサイト)は、特許権侵害を否定し、品質誤認表示については該当性と過失を認めたものの、損害の発生が認められないとして請求を棄却しました。原告は予備的請求の限度で控訴しました。

争点
- 適合性検査を受けていない新製品に旧表示を付して販売した行為は、品質誤認表示に当たるか
- 品質誤認表示によって原告に損害が発生したか
裁判所の判断
争点1:PSE表示は「品質」についての表示であり、需要喚起の有無は関係ない
控訴審は一審の判断を維持しました。一審は、電気用品安全法上、PSE表示は技術基準に適合していることが適合性検査で証明されたことを示す表示であるとしたうえで、次のように述べています。
「「構造又は使用方法その他の使用状況からみて特に危険又は障害の発生するおそれが多い電気用品」である特定電気用品の1つである電子ブレーカにとって,不正競争防止法2条1項13号の規定する「品質」についての表示に該当するといえる。」
「被告新製品が,適合性検査の受検,証明書の交付及び保存といったPSE表示を付すための手続要件を満たしていないにもかかわらず,被告が旧表示を付した被告新製品を販売してきたことは,品質について誤認させるような表示をした商品を譲渡したものとして,不正競争防止法2条1項13号の定める不正競争行為(品質等誤認惹起行為)に該当する。」
被告は、電子ブレーカの需要者が注目するのは性能であり、PSE表示が需要を喚起することはないから品質誤認表示には当たらないと反論しました。一審はこれに対し、需要が喚起されたかどうかは損害の有無との関係で意味を持つ指摘ではあるが、製品の正面に表示されている以上「表示」に当たることは否定できず、PSE表示が「品質」の表示であることを否定する根拠にもならない、としました。該当性の判断と損害の判断を切り分けた点が重要です。
争点2:損害の発生は認められない
一審は、両社が競合関係にあることを認めたうえで、旧表示は製品の右側中央やや上に小さく表示されているにとどまること、電子ブレーカは事業者が費用対効果を比べて導入する製品であること、広告はPSE表示に言及せず写真でもかろうじて確認できる程度であること、営業の際にPSE表示に言及した事実も認められないことを挙げ、次のように判断しました。
「被告新製品に旧表示を付して販売することは,形式的には不正競争行為に当たるとしても,被告新製品に旧表示が付されたことによって被告新製品に対する需要が喚起されたとはいえず(前記認定のような電子ブレーカの取引実態からすると,需要喚起の有無は,最終需要者たる事業者の観点から決すべきである。),したがって,原告が販売機会を喪失する等して営業上の利益を侵害され,損害を被ったとの関係を認めることはできない。」
控訴審では、原告が2つの主張を追加しました。第1は、新製品は本来PSE表示を付けて販売できなかったのだから、その販売分がすべて損害になるという主張です。裁判所は、製造元が旧製品について検査を受けていたこと、新製品で検査を受けなかったのは単なる過失であったこと、必要性を認識するや8日後に証明書を得ていることを挙げて、次のように述べました。
「被控訴人又は宇賀神電機株式会社としては,被告旧製品について適合性検査を受けたのと同様に,速やかに新たな適合性検査を受け,数日後に発行されたであろう新たなPSE表示をした被告新製品を販売したと想定するのが合理的であり,そうだとすると,被控訴人が被告新製品を長期間にわたって販売できなかったと認めることはできないというべきであるから,その販売分に対応する損害を控訴人が被ったとは認め難い。」
第2は、競合関係にある以上、損害の発生は事実上推定されるべきだという主張です。裁判所はこれも退けました。
「競合他社に損害が発生するかどうかは,品質等誤認惹起行為の内容や,その行為が販売にどのように影響するか等を含めて総合的に判断すべきであって,訴訟の当事者が競合関係にあるという事実だけから直ちに損害の発生を事実上推認すべきであるとする控訴人の主張は採用し難い。」
結論として控訴は棄却され、原告の請求はいずれも認められませんでした。

判決の意義と射程
第1に、法令上の認証表示を、要件を満たさずに付す行為が品質誤認表示に当たることを確認した点です。表示の内容自体が技術基準に適合しているかどうかではなく、表示を付すための手続要件を満たしているかが問われます。最高裁の古い判例には、級別の審査・認定を受けずに清酒に「特級」の表示証を貼った行為について、品質が実質的に特級に劣らないものであっても不正競争防止法違反の罪を構成すると判断したものがあり(最決昭和53年3月22日・刑集32巻2号316頁〔清酒特級事件〕、決定文PDF・裁判所ウェブサイト)、本判決も同じ流れにあります。
第2に、該当性の判断と損害の判断を明確に区別した点です。表示が需要を喚起したかどうかは、品質誤認表示に当たるかどうかとは無関係で、損害の有無の場面で考慮されます。
第3に、損害の発生について、①表示が実際の販売にどう影響したか(表示の態様、営業・広告での使用の有無、需要者の判断要素)と、②違反者が適法な手続をとっていればどうなっていたか(仮定的な経過)の2つの観点から判断した点です。技術基準には適合していて手続だけを怠った事案では、②の観点から損害が否定されやすいことを示しています。
実務への影響・ポイント
- 競合他社の不正表示を追及する側:品質誤認表示の該当性だけでなく、その表示が需要者の購買判断に影響したこと、自社の販売機会が失われたことを具体的に立証する準備が必要です。表示の目立ち方、広告・営業資料での表示の使い方、需要者がどの要素で購入を決めているかについて、証拠を集めておくことが求められます。違反者が手続を履行していれば短期間で適法な表示を得られた場合には、その期間に対応する損害しか認められない可能性があります。
- 表示を付す側:型式変更やモデルチェンジの際に、認証・検査のやり直しが必要かどうかを確認する体制が不可欠です。本件では損害賠償を免れましたが、行為自体は不正競争と認定され、差止めや信用毀損のリスクは残ります。検査の要否に気づいた後に速やかに是正したことが、損害の否定につながった点も見逃せません。
- 表示の種類を問わない射程:PSE表示に限らず、JISマーク、認証マーク、公的機関の認定など、手続を経て初めて付すことができる表示一般に同じ考え方が当てはまります。
まとめ
PSE表示事件は、検査を受けていない製品にPSE表示を付して販売した行為を品質誤認表示と認めつつ、競合他社の損害賠償請求を否定した判決です。不正競争防止法5条2項が推定するのは損害の額であって発生ではなく、競合関係があるというだけでは損害は推定されません。表示が販売に与えた影響と、違反者が適法に行動していれば生じたはずの経過を踏まえて、損害の発生を個別に立証する必要があります。表示規制の違反を追及する側にも、表示を管理する側にも、参考になる判決です。
出典・参考判例
- 知財高判平成25年3月28日・平成24年(ネ)第10096号〔PSE表示事件〕・判決文PDF・裁判所ウェブサイト
- 大阪地判平成24年9月13日・平成22年(ワ)第6028号〔同一審〕・判時2182号129頁・判決文PDF・裁判所ウェブサイト
- 最決昭和53年3月22日・昭和50年(あ)第1277号・刑集32巻2号316頁〔清酒特級事件〕・決定文PDF・裁判所ウェブサイト
- 不正競争防止法2条1項20号・4条・5条2項、電気用品安全法
参考文献
- 大阪弁護士会友新会編『最新 不正競争関係判例と実務〔第3版〕』(民事法研究会、2016年)435〜440頁
- 経済産業省知的財産政策室編『逐条解説 不正競争防止法』(令和6年4月1日施行版)155頁
- 小野昌延・松村信夫『最新 不正競争防止法概説【下巻】』(青林書院、2025年)311〜312頁
免責事項
本記事は、裁判所ウェブサイトで公開されている判決情報および一般的な法律情報に基づく一般的な情報提供であり、個別の事案に対する法的アドバイスではありません。実際の対応にあたっては、必ず弁護士にご相談ください。

この記事の執筆・監修
虎ノ門法律特許事務所 代表
弁護士・弁理士 大熊 裕司
第一東京弁護士会所属(登録番号:37803)・日本弁理士会所属。商標・不正競争防止法をはじめとする知的財産紛争に注力し、警告書対応から審判・訴訟まで一貫して取り扱う。