はじめに——「名器の形」は誰のものか
楽器や家具、バッグのように、商品の形そのものがブランドの象徴になっている商品があります。商標登録がなくても、形態が周知の商品等表示に当たれば、不正競争防止法によって類似形態の商品の販売を止めることができます。しかし、いったん周知になった形態が、その後も保護され続けるとは限りません。
本記事で取り上げるギブソンギター事件(東京高判平成12年2月24日・平成10年(ネ)第2942号、判決文PDF・裁判所ウェブサイト)は、米国の楽器メーカーであるギブソン社が、「レスポール」など3機種の形態と類似するギターを製造販売する国内メーカーを訴えた事件です。裁判所は、レスポールの形態がいったんは周知の商品表示になったと認めながら、模倣品の氾濫と権利者の放置によってその出所表示性が失われたと判断しました。商品形態の保護が「獲得すれば終わり」ではないことを示した判決です。
この記事では、①商品形態が商品等表示として保護される要件、②事件の経緯、③裁判所の判断、④模倣品対策への示唆、を解説します。
前提知識——商品形態の商品等表示性と希釈化
- 商品形態と商品等表示:不正競争防止法2条1項1号の商品等表示には、商品の容器・包装のほか「その他の商品又は営業を表示するもの」が含まれ、商品の形態もこれに当たり得ます。ただし、形態は本来、商品の機能や美感のために選ばれるものであって、出所を示すために選ばれるものではありません。そこで裁判例は、①形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有し(特別顕著性)、②特定の事業者による長期間の独占的使用や強力な宣伝広告・販売実績によって、その事業者の出所を示すものとして周知になっていること(周知性)を要求するのが一般的です。
- 周知性の維持:周知性は、差止めを求める時点でも維持されていなければなりません。いったん周知になった後でも、類似の表示が市場に多数出回ることによって、自他識別力や周知性が失われることがあると解されています。本件で問題になった「ダイリューション(希釈化)」はこの場面の議論です。
- 模倣行為と不法行為:不正競争に当たらない模倣行為であっても、取引界における公正かつ自由な競争として許される範囲を著しく逸脱し、他人の法的利益を侵害する場合には、民法上の不法行為が成立し得るとするのが裁判例の立場です。

事案の概要
原告(控訴人)はギブソン・ギター・コーポレーションです。1952年に発売されたエレクトリックギター「レスポール」(判決では「控訴人製品一」)は、1950年代から60年代にかけて米英のロック音楽の隆盛とともに著名な演奏家に愛用され、名器としての地位を確立しました。日本には昭和43年(1968年)ころから輸入されましたが、高額で数量も少なく、容易に入手できない存在でした。
昭和43年から44年ころ、国内の楽器業者がレスポールを模倣したギターを「バーンズ」「グレコ」などのブランドで販売し始め、その後、テスコ、ヤマハなど多数のメーカーが追随しました。被告(被控訴人)の株式会社フェルナンデスは昭和47年ころから本格的にエレクトリックギターの製造販売を始め、昭和51年ころから「バーニー」ブランドで被告製品を販売しました。広告には「一九四〇年代〜一九五〇年代のギブソンを見なおす!」といった宣伝文句が使われていました。
ギブソンは平成5年(1993年)まで、これらの模倣品に対して何の対抗措置もとりませんでした。平成5年に提訴し、一審(東京地判平成10年2月27日・平成5年(ワ)第19613号)で請求が棄却されたため控訴し、控訴審では平成5年9月3日から平成8年9月2日までの期間について、被告製品の製造販売の差止め・廃棄と、不法行為に基づく損害賠償を求めました。

争点
- レスポールの形態は周知の商品表示となっていたか
- その出所表示性は、模倣品の氾濫による希釈化で消滅したか
- 被告の模倣行為は不法行為を構成するか
裁判所の判断
争点1:遅くとも昭和48年ころには周知になっていた
裁判所は、米英におけるレスポールの著名性が音楽情報を通じて日本にも伝わり、ロック音楽のファンの間で名器として認識されていたこと、模倣品の販売はレスポールの著名性に便乗するものであり、需要者に対して模倣品であることを示して売られていたこと自体が周知性の証左であることなどから、次のように述べました。
「控訴人製品一は、遅くとも昭和四八年(一九七三年)ころには、我が国のロック音楽のファンの間で、エレクトリックギターにおける著名な名器としての地位を確立し、それとともに、控訴人製品一の形態も、控訴人の商品であることを示す表示として周知となったものと認めることができる」
輸入数量が少なくても、海外での周知性がメディアを通じて国内に伝わったことを理由に周知性を認めた点が特徴です。被告が主張した、先行する他社製品との類似性や、音質が優れていたから模倣したという反論は退けられました。
争点2:出所表示性は平成5年より前に消滅した
しかし裁判所は、その後の事実経過を重視して、次のように判断しました。
「このようにしていったん獲得された控訴人製品一の形態の出所表示性は、遅くとも平成五年より前までには、事実経過により既に消滅したものというほかない。すなわち、控訴人製品一の形態が出所表示性を獲得した前後のころから、現在に至るまで二〇年以上にわたって、数にして多い時には一〇数社の国内楽器製造業者から三〇以上ものブランドで、類似形態の商品が市場に出回り続けてきたという事実がある以上(しかも、この事実に対し、平成五年(一九九三年)までの間は、控訴人によって何らの対抗措置を執られていないことは、控訴人自身認めるところである。)、需要者にとって、商品形態を見ただけで当該商品の出所を識別することは不可能な状況にあり、したがって、需要者が商品形態により特定の出所を想起することもあり得ないものといわざるを得ないからである。」
ギブソンは、模倣品は模倣品であることが明示されて流通していたのだから、需要者はその形態がギブソン由来であることを認識しており、希釈化は生じていないと主張しました。裁判所はこれを、商品の出所についての認識と形態の出所についての認識とを混同するものであって「誤りという以外にない」と退けています。需要者が、レスポール型のギターの中に模倣品が多数あると認識しているということは、その形態を見てギブソンを含む複数の出所を想定することを意味し、形態自体は特定の出所を表示するものとして機能していないことを物語る、という論理です。需要者は、その形態がギブソンに由来し、ギブソンがいわば「本家」であると考えても、直ちにその形態の商品をギブソンの商品とは考えない、とも述べています。
争点3:不法行為の違法性も時の経過で失われた
裁判所は、不正競争に当たらない模倣行為であっても「取引界における公正かつ自由な競争として許される範囲を著しく逸脱し、それによって被控訴人の法的利益を侵害する場合には、不法行為を構成する」という基準を示しました。そのうえで、被告は名器の顧客吸引力に便乗し、精巧な模倣品であることを売り物にして製造販売したのであり、当初は違法性を帯びて開始された模倣行為であったと認定しています。
しかし、公正な競争から逸脱する度合いは時の経過による状況の変化に応じて変わり得るとし、多数の業者による長年の模倣の結果、レスポールの形態がギブソン由来であることは知られつつも、どのメーカーのものとしても出所表示性を持たない「エレクトリックギターの形態における一つの標準型」として認識されるに至ったこと、ギブソンが20年以上放置し続けたことの2つの事実から、本件で問題とされた期間の被告の行為は、対抗措置がとられた後のものであっても「もはや不法行為の要件としての違法性を帯びない」と判断しました。ギブソンの国内代理店を務めていた楽器商社が自らも模倣品を販売していた事実も、ギブソンによる黙認・容認と評価し得る要素として指摘されています。
結論として控訴は棄却され、ギブソンの請求はいずれも認められませんでした。

判決の意義と射程
第1に、海外での周知性が国内に伝わることによって商品形態が周知の商品表示となり得ることを認めた点です。輸入数量が少なくても、メディアを通じた情報の流入で周知性を獲得する一例として参考になります。
第2に、いったん獲得した商品等表示性が、模倣品の氾濫と権利者の不作為によって事後的に消滅することを明示した点です。「模倣品であると明示して売られていた」という事情は、希釈化を否定する理由にはなりません。商品の出所と形態の出所を区別する判決の論理は、いわゆるオマージュ品やデッドコピーが広く流通している分野の紛争一般に応用できます。
第3に、不法行為の違法性についても、時の経過と権利者の放置により失われ得るという独自の構成をとった点です。模倣品対策を怠ると、不正競争防止法上の保護だけでなく、不法行為による保護も失われることを示しています。
なお、商品形態の模倣については平成5年改正で2条1項3号(形態模倣)が新設されていますが、同号の保護は日本国内で最初に販売された日から3年に限られます。長期にわたって形態を保護するには1号の商品等表示性が必要であり、本判決はその維持の難しさを示す事例でもあります。
実務への影響・ポイント
- 模倣品を放置しない:商品形態の周知性は、模倣品の広がりとともに失われます。類似品を見つけたら、警告書の送付や仮処分の申立てなど、早期に対抗措置をとることが権利の維持につながります。本判決は、20年以上の放置を黙認・容認と評価しました。
- 代理店との関係:自社の代理店が模倣品も扱っている状態を許容すると、権利者が模倣を容認しているとの評価を招きます。代理店契約で模倣品の取扱いを制限し、実態を把握しておく必要があります。
- 証拠の保全:周知性の立証には、雑誌の人気投票、著名演奏家の使用実績、広告、模倣品業者の宣伝文句などが役立ちました。日常的にこうした資料を保存しておくことが、将来の紛争に備えることになります。
- 模倣する側の視点:業界で「標準型」となった形態であっても、模倣品であることを売り物にする広告は、不法行為の違法性を基礎づける事情になり得ます。本判決が違法性を否定したのは、長年の放置という特殊な経緯があったためです。
まとめ
ギブソンギター事件は、レスポールの形態がいったんは周知の商品表示になったと認めながら、20年以上にわたる模倣品の氾濫とギブソンの放置によって出所表示性が消滅し、不法行為の違法性も失われたと判断した判決です。商品形態の保護は、獲得するだけでなく維持することが必要であり、模倣品への早期対応がその鍵になります。形態をブランドの中核とする事業者にとって、教訓に満ちた先例です。
出典・参考判例
- 東京高判平成12年2月24日・平成10年(ネ)第2942号〔ギブソンギター事件控訴審〕・判時1719号122頁・判決文PDF・裁判所ウェブサイト
- 東京地判平成10年2月27日・平成5年(ワ)第19613号〔同一審〕・判タ974号215頁(裁判所ウェブサイト未登載)
- 不正競争防止法2条1項1号・3号、民法709条
参考文献
- 大阪弁護士会友新会編『最新 不正競争関係判例と実務〔第3版〕』(民事法研究会、2016年)147〜151頁
- 小野昌延・松村信夫『最新 不正競争防止法概説【上巻】』(青林書院、2025年)139〜140頁、184〜186頁、209頁
免責事項
本記事は、裁判所ウェブサイトで公開されている判決情報および一般的な法律情報に基づく一般的な情報提供であり、個別の事案に対する法的アドバイスではありません。実際の対応にあたっては、必ず弁護士にご相談ください。
▶ 具体的な対応の進め方は「商標を無断使用された・模倣品を売られた場合の対応」で解説しています。

この記事の執筆・監修
虎ノ門法律特許事務所 代表
弁護士・弁理士 大熊 裕司
第一東京弁護士会所属(登録番号:37803)・日本弁理士会所属。商標・不正競争防止法をはじめとする知的財産紛争に注力し、警告書対応から審判・訴訟まで一貫して取り扱う。